8/10/2014

当たり外れのあるBB


私はこういう仕事をしていますので、ラッキーなことに今までにいろいろなホテル、BBに泊まりました。どこでも同じですが、「また泊まりたい」と思うホテルもあれば「もう2度と泊まらない!」と思うホテルもあります。でも後者のようなホテルも今となれば「こんなホテルもあったんですよ。」とお客様にお話しできるので、マイナスの経験にはなりません。

 

私は前泊などで仕事の際に泊まる時はビジネスタイプのホテル、個人で泊まる時はBBや個性的なホテルと、だいたいその時のシチュエーションで宿泊施設を選んでいます。

 

仕事の時はほんど朝ごはんの前にホテルを出ることが多く、2階.3階から荷物を降ろしたり、玄関を開け閉めする音が他の泊り客を起こしてしまうかも?と気になるために個人の家を開放しているBBには泊まりません。ですから朝早くても問題のないビジネスホテルのタイプが合っています。

 

個人で仕事のリサーチで泊まるとなればBBを予約します。何故なら、お客様に情報として提供できることもありますが、地元のことはそこのオーナーが親切におしえてくれるからです。こうやって得た知識は、私の仕事には欠かせません。

 

ホリデーで泊まる際は、セルフケータリング(いつも愛犬と一緒ですから、我が家のように遠慮なく使えるのが魅力です)、たまにちょっと贅沢をしたければペットOKのマナーハウス系のホテルを予約します。

 

BBの場合は、個人のお宅を開放しているところが多いので、当たり外れが多いものです。でもその割合は‘当たり’が50%、‘普通’が45%、‘はずれ’が5%といったところでしょうか? 皆さんも同じと思いますが、私は私なりにBBに求める‘こだわり’を持っています。清潔であること、サービスがいいことなどはどこの宿泊所でも同じですが、BBではたいてい宿泊客が少ないところが多いために、それぞれのお客にどのくらい時間を割いてくれるか?そういうことも気になります。それと変な基準設定ですが、部屋にティッシュペーパーが置かれてないところはあまりサービスも良くないところが多いんです。

 

「朝食はX時からX時です。」と言われるBBが多い中、「お好きな時間を言ってください。」と言われれば「本当にお客の事を考えているなー」と感激します。

 

以前、雑誌での紹介のために泊まったBBで朝食の前に10分ほどレストランで撮影させてほしい旨お願いしたところ、「時間まではレストランは開けません」ときっぱり断られたこともありました。もちろんそのBBは、その雑誌では紹介されませんでした。‘ペット大歓迎’と謳っているBBでは「ここからはペット進入禁止」という部分があまりに多く、愛犬を外にさえ出せなかったこともあります。

 

さて、最近泊まったBBで思い出に残るところをご紹介しましょう。場所は丘陵地帯の小さな町、Wortleyです。名前はWortley Cottage Guest Houseです。このBBを選んだ理由はこの付近のリサーチをしたかったことと、問い合わせ時の電話での会話に興味を持ったからでした。そこはオーナーが郵便局、ヴィレッジショップ、そしてBBを運営していてなんとなく村のコミュニティの雰囲気を感じたからでした
 
 
 
 
 
 
 
私は夜はアルコールをいただくので、歩いて行けるレストランがありがたいのですが、予約時にオーナーが「歩いて10分のところにおいしいパブがありますから予約しておきましょう。」と、言ってくださいました。宿泊する2日前のことです。

 

さて当日、その小さなWortleyの村の真ん中にこのBBはありました。正に郵便局とお店の隣に。


ところが予約を受けてくれたご主人がいません。奥様らしき人が出てきて「あなただったのですね、今日泊まられるのは。主人は今、あなたの今日の夕食の確認にパブに行っています。昨日誰もいなかったので留守電に予約のメッセージを残しておいたのですが、返事がなくて。それで、ひとっ走り行って来る!と出かけました。」

 

ああ、そこまでしてくれたんだー。なんて親切なご主人。帰ってきたご主人は、こちらから聞きもしないのに、近所でお勧めの観光地のことを熱心に色々教えてくれました。最後に「僕たちは昔、ロンドンに住んでいたんですよ。でもここがすごく気に入って。本当に素晴らしいところなんです。あなたもきっと気に入りますよ。」と。

 

これがBBの良さですねー。そこに住んでいてハッピーだから、宿泊客にもそれを味わってほしいということ。ちゃんと伝わりました。部屋は立派でもなければ普通の部屋です。朝食も普通。部屋からの景色はまあまあ。もっと素晴らしい眺めのところは沢山あります。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

でも、このBBはきっと私の記憶から消えることはないでしょう。「予約確認のために走ってくれたBB」ということで。翌日はご主人におしえてもらった観光地を一通りまわり、満足して帰路につきました。
 
明日はコッツウォルズ一日観光、翌日から再び丘陵地帯へのツアーに出かけます。

8/05/2014

戦争の空しさ

昨日(8月4日)はちょうど100年前にイギリスがドイツに対して宣戦布告をした日でした。今年は100周年ということもあり、ここ数か月は特に博物館での特別展示を始め、さまざまなイベントがイギリス各地で行われています。テレビでも当時のドキュメンタリーや、ドラマなどが一日少なくとも一度は放映されています。

 

昨日はウェストミンスター寺院でも蝋燭の灯る中礼拝が行われました。‘希望’を表すそれらの蝋燭は徐々に消えて、第一次世界大戦が始まった午後11時に無名戦士のお墓に灯された蝋燭を最後に寺院の中は真っ暗になりました。
 
 
 

 
またベルギーのリエージュには敵としてイギリスを含む連合国が戦ったドイツ、オーストリアの大統領も参加し100周年追悼式が行われました。イギリスからはウィリアム.キャサリン皇太子夫妻が参加されました。リエージュは1914年8月5日にドイツが侵攻を開始した地です。すぐに解決すると思われた戦争は4年以上続き900万人の戦死者を出しました。


オーストリア.ハンガリー国の皇太子がセルビア人に銃撃され殺されたことがきっかけとなって始まった戦争ですが、結局は何のための戦争だったのだろう?と思います。日本にいる時は世界大戦のことは8月15日に思い出すくらいでしたが、この国に暮らし始めてからは至るところに戦争関係のものが目に入りますし、戦地に派遣されている英国軍のニュースはよく耳に入ってきます。また友人の子供や孫、息子の友人などが兵隊として戦地に行っていますので、戦争がより身近に感じられます。

ガイドのご案内をしている時でも戦争博物館、またロンドンのビッグべンやウェストミンスター寺院近くの官庁街のど真ん中にあるにセノタフ(戦没者追悼記念碑 )が必ず目に入ります。

 

 
 
 

 

またセントジェームズ公園に行けばチャーチルが戦争時に内閣執務室を置いた戦争館(Churchill War Rooms)や側には戦争記念碑が立っています。
 
 
 

 

田舎に行けばどんな町や村にも戦死した兵士の名が刻まれている記念碑があります。

 
昨日のリエージュでのウィリアム王子のスピーチです。「敵として戦った国々の代表者が今日、こうして和解というパワーのもとに集まっています。我々の間にもはや戦争はあり得ないだけではなく、戦争時に敵とみなされ戦った国々が一体となって3代にわたってヨーロッパ中に民主主義、繁栄、法に対する服従を広め、それを世界中の人々とシェアーするように努力してきました。」

 
最近、新聞やテレビではウクライナやガザでの悲しい事態が報道されています。100年前に「国のため、家族のため」と信じて戦死した人の日記や、詩に出会うごとに「歴史は‘昨日の敵は今日の友’とおしえているのに何故一時の憎しみのために殺し合いをしなければいけないのだろう?」と思います。

7/31/2014

べニシアさんの生家ケドルストン.ホール

8月にご案内する予定になっているお客様からメールで「ケドルストン.ホールは知っていますか?」とお問い合わせをいただきました。なんという偶然でしょう! 先日の湖水地方からの仕事の際、そこまで行く途中に立ち寄ったのがこのケドルストン.ホールだったのです。そのことをお伝えすると、早速お客様からメールをいただきました。「ハーブ研究科で有名なベニシアさんの生まれた家だそうです。」

 
ベニシアさんのことはこれまでにも多くの方からお聞きしていて、いつかはお会いしたいと思っていた方でした。


 
 
 
 
 

1765年、ナサニエル.カーゾン(後の一代目スカーズデイル卿)のために建てられたケドルストン.ホールは現在はナショナルトラストの手に委ねられていますが、東のパビリオンには現在でもカーゾン家の人が住んでいます。建築家はイタリアでの建築の勉強から帰ったばかりのロバート.アダムでした(‘アダム兄弟スタイル’を作り上げ、建築とインテリアを総合的に仕上げた。陶芸家であったジョサイア.ウェッジウッドに多大の影響を与えた有名な新古典派の建築家のひとり。ウェッジウッドのジャスパーウェアの飾り用陶器は18世紀の貴族の館に多く見られる)。近くのチャッツワースハウスに負けないほどの館を創るために、アダムは天井の模様からドアのハンドルまで細心の注意を払ったと言われます。

 

館の中心の部分は単にスカーズデイル卿の膨大な芸術作品のコレクションの展示と、お客様を持て成すためのもので一家は東のパビリオンに住み、西のパビリオンは台所、洗濯場、召使いの仕事部屋に使われていました。


 

 
支柱のない階段は当時最も新しい‘飛んでいる階段’スタイルを使っていて高度な建築技術がうかがえます。




 
ローマ時代のヴィラにある宴会場風に造り上げた‘大理石の間’にある暖炉はそれだけで芸術品の価値が十分あるものです。


 

 始め、大規模な‘音楽のギャラリー’を計画していましたが、金銭的に無理と言うことがわかって「これで我慢しよう」(と思ったかどうかはわかりませんが)とこの‘音楽の間’が造られたそうです。


 

 ダイニングルームのテーブルの上にある銀器はイパーンと呼ばれるもので、18世紀の大邸宅のダイニングルームのテーブルの中心に置かれたものです。ただの飾りとしてだけではなく、花や果物を置いたり、塩胡椒などの調味料入れを吊るしたりしたものです。このイパーンはスカーズデール卿所有の馬が競馬で優勝した時の賞金で買ったもの。

 


 
見学ていると美しい音楽が流れてきました。サロンでバイオリンを弾いていたのは若い男性。王立音楽学校の学生ということですが、ボランティアガイドをしている祖父と一緒に冬にケドルストン.ホールを訪れた際、是非ここでバイオリンを弾いてみたいと思ったそうです。その夢が叶ってその日のミニコンサートとなりました。祖父の電気オルガンに合わせて弾く若者のバイオリンの音に訪問客もうっとりでした。





 
そういえば先日訪れたティーショップも父息子が経営しているティーショップでした。息子がシェフ、お父さんがウェイターで、とても楽しそうでしたよ。むっつり型の息子とニコニコ顔で誰にも話しかけるお父さんのサービス。見ていてとても微笑ましかったです。

 

ケドルストンでの半日はこうして終わり、私はその後ヨークシャーデールに向かいました。日本でも英国のテレビドラマ‘ダウントンアビー’が人気のようですが、18世紀から20世紀の半ばまでの貴族の生活は、ケドルストン.ホールのような館を訪れてみると肌で感じられます。英国に滞在されることがあったら是非訪れてみてください。

7/30/2014

今年最後のラベンダー

「そろそろラベンダーも終わりかな?」と思いながらもやっぱり気になってスノーズヒルのラベンダー畑にお客様をご案内しました。すでに刈り取られているラベンダーもありましたが、まだ美しい紫の列が残っていて一安心。遠くから眺めるだけでも良かったのですが、お客様のご希望で中を歩いてみることに。正解でした。その香りといったら!ちょうどラベンダーオイルを蒸留している最中と言うこともあり、その作業が行われている場所からでしょうか?風に乗ってくる香りで畑中が満たされていました。
 
 
 
 
 
 
 
 
小麦、大麦が植えられていたこの場所にラベンダーが最初に植えられたのは2000年の事でした。水はけの良い石灰質の土質は特にラベンダーに適していることもあり、質の良いラベンダーからイングリッシュ.ラベンダー.エッセンシャルオイルが作られます。今ではここの売店以外でも、あちこちのコッツウォルズの店頭に並ぶようになりました。

 
エッセンシャル.オイル以外にも化粧品、シャンプー、お茶、ビスケット、チョコレート.....
ラベンダーから作られる商品は沢山あります。そうそう、ラベンダーケーキ、スコーンなども。






 
スノーズヒル.ラベンダー.ファームには全長112キロのラベンダーの列に35種類、25万苗のラベンダー(薄めから濃い紫の他白やピンクのものまで)植えられています。




 

メドウ(6月30日のブログ)の花はブルーのコーンフラワーと白のアン女王のレース(カウパセリに似た花ですが、この種の花があまりに沢山あって、正確な名前はわかりませんので、次回チェックしてきます)がまだ咲いていました。
 
 
 

 

この薄紫の花はファセリアという花だそうで、土を肥沃にするために植えられているそうですが、花自体もとても綺麗いです。また昆虫(特に蜂)を寄せ付ける役目もするそうで、見た目も綺麗だし一石二鳥といったところ。
 
 
 
 
 
 
 
訪問客のために全て刈らずに少しだけ残していることがうれしいですね。でもこのラベンダー畑も今年は8月17日が最後です。まだ行っていない方は急いでどうぞ。
 
 
 
 
 

7/28/2014

新しくなったストーンヘンジ?

暑い、暑い!日本は40度近いところもあるようですね。英国はせいぜい27度程度ですが、私には暑すぎる!今朝の新聞に「あまりの暑さに鶏はゆで卵を産んでいる」と書かれていました。ごもっとも。

 さて英国にはユネスコの世界遺産に指定されている場所が28か所あります。その中のひとつが新石器時代のモニュメントで5000年の歴史を持つ‘ストーンヘンジ、エイヴブリーとその周辺の地域’です。特に日本からのお客様に人気の巨石環状遺跡であるストーンヘンジが最近新規一転しました。と言ってももちろんモニュメントのことではありません。それは、そのままです。
 
 
 

 
今まで、ストーンヘンジは2本の幹線道路に囲まれていましたが、車の振動が石に及ぼす影響が強いので、その一本を閉鎖しました。(それぞれの巨石は土の中に造られたコンクリートの台の上に立っていること、ご存じでしたか?保存がいかに難しいかということです。)
また今までは駐車場から歩いて5分以内でモニュメントまで行けたのが、今度はビジターセンター付近に車を停め(観光バスも同じ)、そこからシャトルバスに7,8分乗ってモニュメントまで行きます。シャトルバスに乗るには夏場は並ぶ可能性大。そこで先日私は、自分で行ってみて、システムがどのようになっているかをじっくりチェックしました。

 
ロンドンから行く場合、実際にストーンヘンジが前方に見えてきても駐車場に行くまでには随分迂回しなければなりません。結局、モニュメントを通り過ぎ、見えなくなってしばらくしたところにあるラウンドアバウトを右折、またしばらく行ってやっとビジターセンターと駐車場があるという具合です。





ビジターセンターにはカフェ、展示会場、売店があります。そこで無料で貸し出される日本語のオーディオはとてもよくできていて、ガイドブックには載っていない学者の話などが詰め込まれていて興味がそそられました。今まではストーンヘンジで費やす時間は45分程度でしたが今度からはその倍くらいかかります。本当は半日欲しいところです。ロンドンからの日帰りツアーではバースの町と組まれたツアーが多かったのですが、これからは時間的にきついかもしれません。もし変更なく行われるのですと、忙しいツアーになるような気がします。


以前より時間はかかりますが、それよりも充実した内容に大満足。これなら胸を張ってお客様にお勧めできます。


 さて、その日はストーンヘンジ以外も周ってみました。3キロちょっとの所にあるウッドヘンジは、ストーンヘンジよりは遅い青銅期時代に宗教的な目的のために造られたようです。木のあったところには、今はコンクリートの杭が立てられていますので、どのような状態だったかが想像出来ます。

 


 

エイヴブリーに向かう途中でミルク.ヒルの斜面に描かれた白い馬が見えてきました。白亜の丘の斜面に描かれた巨大な絵は遠くから見るようになっていて古いものは有史以前のものもあります。この地域は特に白い馬が多く、この馬は‘アルトンバーンズの白馬’と呼ばれ、1812年に付近の農夫が造らせたものです。どさ周りの画家にお金を持ち逃げされたこの農夫の話も地元人の言い伝えになっています。

 


 

次はウェスト.ケネットの埋葬場所。道端にある駐車場に車を停め、麦畑の中を歩きます。写真の右側の塚は有史以前に人の手によって造られたスィルブリー.ヒルです。ピラミッドと同じくらいの大きさで、有史以前に造られた人工塚の中ではヨーロッパ一の高さをもつこの塚が何の目的で造られたかはわかっていません。
 
 
 

 
小高い丘の上にウェストケネットの石造りの埋葬場はありました。ストーンヘンジより更に古い紀元前3600年に造られたものです。もちろん今は中は空っぽ。子供たちがお化けごっこをしていました。




 
屋根の上からの眺めを楽しむ人。「不謹慎な!」という人は誰もいません。

 


 

最後の目的地エイヴブリーに到着。賑やかな音楽となんだか棒がかち合う音が聞こえたと思ったらモリスダンスでした!(6月30日のブログ参照)

 


 

エイヴブリーの環状巨大遺跡群はヨーロッパ一の規模です(石のサイズではなく、輪の面積のこと)。紀元前2600年に建てられたものです。
 
 
 

 
このエイヴブリーの遺跡は考古学者でマーマレードで財をなしたアレグザンダー.キーラ―が発掘のために1930年前にその土地を購入したものです。彼の住んだ家もナショナル.トラストが管理して一般に公開しています。(これ、どこかで見たような家ではないですか? ウィリアム.モリスの住んだケルムズコット.マナーによく似ています。)



 

なんと犬の多かったこと!石と人と犬と、そしていつもながら草を食ベルのに忙しい羊。
 
 
 
 
 
 

 
さてそろそろロンドンに向けて帰路に就く時間です。私はエイヴブリーに来る時に決まってすることがあります。それが朝の10時直後ですとヴィレッジショップのディニッシュ.ペイストリーが焼ける時間です。お行儀悪い!と言われそうですが、環状石の間を歩きながら出来立てのペイストリーを食べる幸せ。その時間帯でなければアレグザンダー.キーリーの家の図書室(ティールームになっている)で美味しい紅茶にホームメードのケーキをいただきます。でも、先日は「スタッフが不足していて今日は閉店です」と言われました。がっかりしましたが、考えてみればそういういい加減さが、ゆったり気分にもつながるのかなーとちょっと納得。ナショナル.トラストのティーショップでもそうなのですから。

代わりにヴィレッジストアで村のご婦人がつくる‘レモン.ドリズルケーキ’をおみやげに買って帰りました。





5000年前の人が私たちに残したメッセージは何か?中世の人が作ったこれらの遺跡に関する逸話、考古学者のこだわりなどこの地域にはイギリスと言う国、英国人に関する質問の答えになるようなものを沢山見つけることができます。ゆっくり時間をかけて周ってみてください。

7/25/2014

日本人だけの苦情。


日本人はだいたい苦情を言わない国民です。じっと我慢する。たまに現地では苦情を言わなくても帰国してからアンケートに詳しくその時の状態を書く方がいらっしゃいます。(つまり苦情です。)それはとても大切なことで、旅行社にとっては、お客様からの意見があってこそ将来のツアーを改善できるのですから。

 

友人のクリスは元コッツウォルズ観光局に勤めていた人です。(クリスのブログ http://cotswoldsculture.org/)コッツウォルズに関しては知らないことがあるのかしら?と思うほどの人。私も時々SOSを出して助けてもらいます。彼は今、コッツウォルズ.ファイネスト.ホテルグループのマーケティングを担当していますが、以前あるホテルに同行したことがあります。彼のその日の仕事は、‘日本人のお客様をいかに御もてなしするか’をホテルのスタッフに講義することでした。

 

その中で「日本人は食事の量が多いことが好きではありません。それは残すのがもったいない、せっかく作ってくれた人に申し訳ないという理由からです。」と言っていました。本当にそうだと思います。私もそのひとりですから、お客様の気持ちはよくわかります。「量が少ない。」と言って苦情を出すのが外人です(ガイジンという言葉、よくわかりませんが。どこからが外でどこからが内なのか?)。そうです、多くて苦情を言うのは日本人に限ったことなのです。

 

先日、湖水地方まで行くのに2泊して行きました。そのうちの一泊目の夜。夕食をとるためにホテル近くのパブに行きました。

 

 

 

注文したのはベジタブルカレー。カレーだけでは物足りないので、サイドディッシュとして‘地元で採れた季節の野菜’を注文しました。そして出てきたのがこの人参とインゲンです。その量と言ったら!しかもカレーの上にちゃんとサラダが載っていましたので、別にサイドディッシュを頼まなくてもよかったのです。

 

 

 

英国北部は、特に南部と比べて食事の量が多い気がします。これが普通なのですから、私は苦情は言わずにせっせと野菜を口に運びました。でも限度というものがあります。結局3分の2を食べてお皿の白い色のほうが野菜の緑色より多く見えてきたところでギブアップ。野菜の茹で具合も良かったし、カレーもおいしかったです。そこでデザートの注文を聞きにきたウェイトレスに言いました。「とても美味しかったのですが、私には量が多すぎます。すみません。デザートもパスします。」本当はメニューにあったサマープディングを食べたかったのですが、私のおなかが「これ以上は無理!デザートは断って。」と言っているのであきらめました。

 

難しいですね。最初からどのくらいの量が来るのかがわかっていれば注文するものも調節できるのですが、‘丁度良い量’というのは人それぞれですのでウェイトレスに聞くわけにもいかず、同じレストランでもシェフによって量が違うことがよくあります。そういえば、英国ではデザートの注文はメインが終わった時に取りに来るのが普通です。その時の満腹状態をみてから注文するということなのです。ごもっとも。