5/08/2018

カルチャーツーリズムUKに関する記事が新聞に。

カルチャーツーリズムUKが独占契約しているデンマンカレッジに関する記事が5月10日(木)に東京新聞の夕刊に、5月11日(金)に中日新新聞の「旅」のページに掲載されます。是非ご覧ください。下記はデンマンカレッジの写真です。www.culturetourismuk.com

































5/07/2018

再度ブルーベルウォーク

アッシュリッジの森が家から車で30分のところにあることを知ったのはごく最近でした。ここはブルーベルが有名で数年前にもロンドンの家から数時間かけて訪れましたが連休の真っただ中である昨日混んでいる森を覚悟して行ってきました。











アッシュリッジに向かう途中、素晴らしいブルーベルが見えてきました。ナショナルトラスト所有のドッキーウッドの森にはちゃんと駐車場もあってアイスクリームのバンまでありました。森に入ると一面のブルーベルにため息。







ここにはブルーベルが咲いている場所に入れないように小枝を組み合わせて歩道と分けています。その理由はブルーベルは踏まれると死んでしまい、その結果ここのブルーベルも少なくなっているそうです。以前は一体どれくらいのブルーベルがあったのでしょう?スパニッシュブルーベルのように強い生命力を持たないイングリッシュは、人間が守ってあげないと絶滅してしまいます。






連休と会って、さすがに人の多いこと。でも混雑するほどではなく、数分に一度数人とすれ違う程度ですので、お花見もゆっくりできました。ここに一日中いても良かったのですが、目的地はアッシュリッジ。 

13世紀に修道院のあったアッシュリッジの土地は16世紀にヘンリー8世の行なった修道院解体により5000エーカーの(20,000平方キロ)土地は一旦は王家に。その後1604年にトマス・エガトン卿にわたり(エガトン家は後にブリッジウォーター伯爵、ブリッジウォーター公爵に昇格)、ナショナルトラストが入手するまで同族が所有していたようです。ヴィクトリアン・ゴシックの家は現在はカレッジになっています。ハリーポッターの映画ほかのロケ地ともなっているアッシュリッジへドッキーウッドから車で5分です。


こちらのほうは、駐車場に車を停めてから歩いてブルーベルを見に行きます。ちゃんと「ブルーベルウォーク」の道しるべがありますからただただ突き進んでいきます。




ありました、ありました。一面のブルーベル。





こちらのほうは、歩道とブルーベルの間にフェンスはありません。中に入り込むことはできますが、踏みつけないように十分注意しなければいけません。近くで写真を撮るのは数回だけにしてなるべく歩道から眺めるようにしましょう。







せっかく来たのですからあのブリッジウォーター・モニュメントに登ることにしました。そんなに有名ではないのですが、私が覚えている限り、3代目ブリッジウォーターのモニュメントは家から遠くに作られたそうです。なぜなら、母親にすごく嫌われていて、母親が家からがモニュメントを見るたびに息子を思い出すのをいやがったからだそうです。






高さ33メートル、172段のらせん階段を、今年から始まった花粉症で鼻をグジュグジュいわせながら登ります。上からの眺め。









多分私にとってこれが今年最後のブルーベルウォークにになったと思います。ブルーベルは私にとって特別な花です。それは昔可愛がっていた愛犬が亡くなって、田舎の火葬場からの帰りに道端に咲いていたブルーベルが、悲しい心を癒してくれてからのことです。都会で見ることはめったにないイングリッシュブルーベルはそれ以来、私にとって癒しの花として、またイギリスを語ってくれ、いろんなインスピレーションを与えてくれる花になりました。

(ブルーベルの色ほど写真の色と違う花はありません。残念ながら本当の色に近づける技術を持っていないのでそのままにしてありますが 、本当はもう少し濃い紫がかった青色です。)

5/06/2018

JALの機内誌AGORA。

JALの機内誌AGORAが編集部より届きました。5月号です。特集のタイトルは「野生を抱く庭」。去年の7月の取材の際にコーディネートをさせていただきました。






以下、本文から抜粋してご紹介しましょう。

「メドウ」とはかつてイギリス各地で見られたイギリス在来の多年草が咲く牧草地のこと。 ・・・・・・・

(オリンピック会場に関して)
長年、重工業地帯だったため、土壌汚染と不法投棄のゴミの山は深刻そのもの。事態打開を図るため、市は「五輪開催と東ロンドンの問題解決の起爆剤とする」と訴え、招致レースを勝ち抜いた。地域再生のシンボルとなったのがメドウ風ガーデンだった。ごみ処理と土の九割を浄化する大掛かりな土壌改善で無害化された更地に、ボランティアがワイルドフラワーの種を一粒一粒蒔いた。そして迎えた五輪。汚染のひどかった場所に野の花が咲き、ミツバチや鳥が集まる光景人々はに驚いた。・・・・・




メドウガーデンは今や個人の庭でも取り入れられることもあります。取材でお邪魔したのはウィンズロウの隣村に住むジルさん宅(上)です。

ジルさんの家の庭はとてつもなく大きな庭ですが、私もメドウの雰囲気を少しでも味わえるようにと、今日庭の片隅に野生の花の種を植えてみました。あまり陽が当たらないので、ちゃんと育つかどうか?

ブルーベルもそうですが、その国、その土地で昔から息づいている野生の花はまた格別に美しいと思います。

AgoraはJALのビジネスクラスに搭載されています。ビジネスクラスに乗らなくても読んでいただける方法を今、きいています。わかったらこのブログでお知らせしますね。 





5/05/2018

ブルーベルのお花見

ブルーベルの季節がやって来ました。今年はサフォーク州の娘の家の近くの森にお弁当を持ってでかけました。彼女たちの家の近くに古い森があり、運転している車からはすでにイングリッシュブルーベルのフィールドが見えました。道端に車を停め、森の中にどんどん入っていきます。







ちらちらとブルーベル。




だんだん一面に広がるブルーベルが見えてきました。本当の色が写真にはどうしても出なくて残念ですが。









娘たちや彼女たちと1か月半同居しているフランス人にイングリッシュブルーベルとスパニッシュブルーベルの違いをおしえてあげました。娘たちの家の玄関横に咲いているブルーベルは「イングリッシュとは別物」ということを知ってショックだったようですが、これからは車で15分の森に来ればイングリッシュブルーベルはこの時期いつでも見れることを知って安心していました。フランス人はさすがです。「香水にしたらいいのに。」と。実はイングリッシュブルーベルはとっくに香水になっていて、いろんなところで手に入るんですよ。










お花見は日本人に限ったことではありませんね。私たちもお稲荷さんやおかずを持って、「さあ、ここで食べましょう!」と良い場所を見つけました。




この森にはワイルドガーリックもたくさん咲いていました。その葉はニラのような香りで、野菜炒めなどに最適です。










娘たちは早速バジルの代わりにワイルドガーリックの花と葉を入れてペストを作りました。



今年初めてのブルーベルでした。すでに真っ盛りの時期ちょっと通り越してしまって、うっかりすると一度もブルーベルを見ないで終わってしまうところでした。

5/03/2018

ずれているグリニッジの本初子午線。

グリニッジに住む友人Mは天文学マニアです。色々な協会に属し、しかも自宅のすぐ近くにグリニッジ旧天文台があるためにMはまるで自分の別宅でもあるかのように旧天文台に出かけます。そういうMの「グリニッジ天文台を案内してあげるから。」という誘いに乗って先月行ってきました。グリニッジと言えば旧天文台の他に旧王立海軍学校、紅茶を中国から猛スピードで運んだカティサークという船、そのほか歴史的に重要な建物が残りユネスコの世界遺産都市にも指定されている町です。しかもロンドンの中心から10キロという便利な場所ですから、観光地としても有名です。

17世紀にできた天文台。赤いボールが落ちるのが午後1時です。以前はこれが時報として使われていました。





観光はそこに住む人に案内してもらうのが一番。今回の案内役のM.






Mの後ろにあるイルカの彫刻。実は日時計になっているのです。2匹のイルカのしっぽの一番小さな隙間から入り込む日光で時間がわかります。


 

小さな隙間(グレイの色がいるか2匹の尻尾を表しています)を通して映る光がどこに当たるかで時間がわかります。



 さてこの日、グリニッジの本初子午線が実は100メートルずれていることをMが説明してくれました。それまでは、そういう話は聞いたことはありますが別に真剣にも考えず、観光では天文台の敷地内に設定されたラインにまたがって、お客様に「東半球、西半球」同時に立ちながら写真を撮っていただいていました。そして今でもそれは変わりません。どのガイドも同じことをしています。そして世界中から訪れる人は、本当に西半球と東半球と同時に存在する自分の写真を撮っています。









子午線のことを少しお話ししましょう。18世紀までは経度を測る方法がなかったのです。これは大変困ったことで、航海中の船が居場所がわからずに難破したり、遭難するケースが頻繁に起こっていました。航海の途中で居場所を知るには月の位置と時間が必要です。でも波に揺られながらでは、それまで使っていた振り子の時計は役に立ちません。そこで王と政府は海の上でも時間を測定できる時計を発明した人に膨大な賞金を与えると約束して一般人に呼びかけました。それに成功したのがジョン・ハリソンで彼はクロノメーター という航海懐中時計を発明しました。

これにより海上事故の数もぐんと減りました。それまでの海路はとにかく真っすぐに進むことだけだったのですから、ちょっと間違えばとんでもない方向を目指すことになります。

そして1884年のワシントンD.Cで行われた国際子午線会議において、グリニッジの子午線を世界の公式本初子午線、つまり子午線0度にすることが決まったのです。そしてここから15度離れるごとに1時間ずつ時差をつけたのです。でもそれはあくまでも人間が作ったラインであって自然に作られたものではないわけですから、技術の発展に伴い、地球が少し屈曲していること、重力による差など知識も技術も発達した現在、何百年前にイギリスで決められた子午線(0度0分0秒)は天文台の敷地にあるラインから100メートルくらいずれていることがわかりました。ほんの数年前のことです。

公園を歩いているときに、Mが「本初子午線が通っているのはこの辺り」と教えてくれたのがここです。




この日から1週間くらい経った日、Mは奥様と日本に経ちました。奥様が画家で、絵を描くために日本のあちこちを6週間周るとのこと。あまり観光化していない、そして少し寂れたような場所に興味を持つ奥様Eは今頃、折り畳みの椅子に座りながら、北の方で桜と古くて小さなお寺を描いているかもしれません。

4/28/2018

コッツウォルズに行く途中で。

60歳半ばに40年近く住み慣れたロンドンを離れるということがどういうことであるか?引っ越す前、そして引っ越して1年になろうとしている今も時々考えます。引っ越した直後に感じること、生活しているうちに徐々に感じることと両方あります。引っ越した一番の理由は、何十年も願っていた「ロンドン以外のイギリスに住んでみたい。特に田舎に住んでみたい。」という気持ちが強く、これ以上行動を興さなければついに一生叶わないと思ったことです。

日本に行けばよく「年をとれば都会が便利」と言われます。でも私の場合、都会での時の流れがあまりに速く感じるようになり、足を止めて人生を楽しむことが困難になってきました。とはいっても大好きなロンドンです。便利さで言えば、地下鉄にピョン!と乗ればどこへでも行けます。友人たちに「今日、会わない?」と簡単に電話できました。

それがウィンズロウに来てからはできなくなりました。友人に会うのも、ロンドンに出るのも前もって計画を立てなければなりません。列車で行くときは予め切符を買わないと当日券はものすごく高くなります。町に3軒あるコンビニで買い物する際は、必ずひとつやふたつは品切れのものがあります。

それでも住んでいるうちに、その不便さがあまり気にならないようになりました。お店で手に入らないからといって食事が作れないわけではありません。返って代用品を考えたり、頭を使います。そうやって私の人生は徐々に田舎暮らしに慣れてきています。

昨日のブログに書いたDの家まで車で1時間半かかりました。ところが道中の景色の素晴らしさを楽しみながらあっという間にDの家に着きました。なんと1時間半の間に高速道路を使うこともなく、ビルの間を抜けることもありませんでした。通る道の両側には森、牧草地、畑が広がります。たまに通過する村や町は全てコッツウォルド石の古い建物ばかりです。



















時々車を停めては写真を撮ったり、ブラブラ歩いたりしてDの家の到着は15分くらい遅れてしまいました。

昔、ロンドンからDの家に行くには高速道路M40号線を使っていました。この高速道路は例えばM1号線などと違って大きな町や、工場が集まった地域を走ることはないのでが、それでもドライブの楽しみ度が違います。昨日通った道は幹線道路であるA道路、またはもっと狭いB道路、または名前さえない道ばかりです。渋滞もありません。

不便さで言えばもうひとつありました。小さな村にはパブリックトイレのあるところが少なく、昨日は朝早かったためにパブやティーショップも開いていません。仕方ないので、道を歩いている人に聞いてみました。「残念ながらこの町にはパブリックトイレはないんですよ。でも私はこれからドクターの診療所へ行きます。あそこにはトイレがありますから一緒に来なさい。」とわざわざ私を診療所まで連れて行ってくれました。そこには清潔な広いトイレがありました!

少しくらい不便であっても、その\不便さに慣れると人間はけっこう自由に生きて行けるなーとつくづく思いました。ダーウィンの言葉にありますよね、(彼が本当にそう言ったのかどうかは証拠はありませんが)、「生き残る動物は頭が良い動物でもなければ強い肉体を持つ動物でもない。残るのは順応性のある動物だ。」って。

私に関して言えば、長い人生の中で全く違う環境に身を置くことがいかにリフレッシュになるかを発見しました。もっと早く引っ越して色々な場所に住みたかったなーと今になって思います。違った環境に身を置くことは何も引っ越しに限りません。仕事や職場を変えたり、新しい趣味をもったり、その道は色々あります。ウィンズロウはとっても気に入っていますが、最近あと1,2回は引っ越して他の町に住むのもいいなーと思うようになってきました。1年前の引っ越しでは所持品の半分を処分しました。今度引っ越す際はそのまた半分を処分して・・・・・