3/22/2016

2016年 デイルメインのマーマレード祭り ~ その1

イギリス北部のカンブリア地方にあるペンリスの町に行って来ました。今回は、昨年マーマレードコンテストでゴールド賞に輝いた林敦子さんと一緒にマーマレード祭りに参加するのが目的です。

このお祭りの発祥地であるデイルメインの館は1600年の後半にレデイ.アン.クリッフォードの家令をしていたエドワード.ハセル卿が購入したマナーハウスで、現在でもその子孫が住んでいます。そしてマーマレード祭りの発起人はそこの奥様と言うわけ。建物の正面の部分は1744年に建てられたジョージアン建築ですが、最古の部分(タワー)は12世紀のもの。






ペンリスの駅に着いた途端にマーマレードを感じました!Marmalakeとはペンリスが湖水地方(Lake District)にあるので、ゴロを合わせたというわけです。

 
 

 
 
 

駅の真向かいにはペンリス城の廃墟があります。
 
 


 
 
 
グロスター公爵が1483年にリチャード3世になる前の数年をここで暮らしました。



さて、デイルメインの館はペンリスの町の中心からタクシーで10分くらいのところにあります。今回の宿は敦子さんが日本から予約してくださったアビーハウスというBBでした。ペンリスまではロンドンのユーストン駅から直行で約3時間。今回は荷物があったので駅からはアビーハウスまではタクシーを使いましたが、歩いても15分くらいのところです。

BBと行っても、民宿というよりは小さなホテルといった感じです。
 
 
 
 
 

 
とても清潔ですしお部屋の内装も可愛らしく、バスタブがなかったことを除いては(シャワーのみ)快適に過ごせました。朝食もヴェジタリアンがちゃんと用意されていますし、値段もかなりお手頃だったようです。
 
 
 
 
 
 
 
 
好みのメニューを選んで前夜9時までにフォームに記入しておけば、翌日8時から始まる朝食の際には選んだものが、時間をかけずに運ばれてきます。
 
 
 
 
 
カンバーランド.ブレックファースト (イングリッシュ.ブレックファーストと同じ。カンバーランドとはこの地域の名前)
 
 
 
 

 
ヴェジタリアン.ブレックファースト(私はカットしましたが、通常卵がつきます)
 
 
 
 
日本人の方が想像する民宿感覚とはちょっと違って、オーナーとおしゃべりを楽しみながら滞在するBBではありませんが、それさえ期待せずにホテルと思って泊まれば実に快適でした。敦子さんが日本から苦労して見つけた価値は十分ありました。
 
さて、町に出てみると全てがマーマレードです。
 
 
 

 
街灯にぶらさがっている袋の中には、オレンジが(プラスチック製)入っています。
 
 
 

 
お店のウィンドウもマーマレードです。行きかう人もオレンジ色の服を着たり、マフラーをまいたりで町中がオレンジ色です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
さて、肝心のマーマレード祭りでは敦子さんの御付きとして私も金曜の前夜祭に参加させていただきました。そしてこの夜に職人部門の入賞者の、そして翌朝にはアマチュア部門の入賞者の発表が行われることになっていました。その結果は、「デイルメインのマーマレード祭り~その2」でご紹介しますね。
 
 

3/17/2016

V&A美術館のボッティチェリ展

何年か前にフィレンツェのウフィツィ美術館で、ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」「プリマヴェーラ (春)」を見ました。










Sandro Botticelli, Primavera, ca. 1482 (Click image for a larger

今回は、1930年以来この国最大と言われるボッティチェリ展がヴィクトリア&アルバート美術館で開かれていて行って来ました。それは単にボッティチェリの作品を集めたものではありません。ボッティチェリのオリジナル作は50点ありましたが、それらは特に有名なものではなく、彼の作品を代表するものでもありません。何故なら今回のエグゼビションの目的は、ボッティチェリが19世紀以降のアーティストにどのような影響を与えているかに焦点を当てているからです。

「007 ジェイムズ.ボンド」の‘Dr. No’の映画でアーシュラ.アンドレスが白いビキニを着て海からあがってくる場面は‘ビーナスの誕生’を思わせます。

その他、デザイナーのドルチェ&ガッバーナのドレスやアンディ.ウォーホールのポップアート絵画の他、彫刻やタペストリーなどもこのエグゼビションを見ると「そういえばボッティチェリ風」と気が付く作品が多く展示されています。








ボッティチェリ(1445~1510)はロレンゾ.デ.メディチをパトロンに持ち、ルネッサンス初期に活躍した画家です。ところが彼の死後、その作品も一緒に土に埋もれてしまったかのようにアートの世界から消えてしまいました。本名はアレッサンドロ.ディ.マリアーノ.フィリペーピ。昔は画家たちは本名ではなくあだ名で呼ばれていたことが多く、ボッティチェリの場合も彼の兄が太っていたことから弟が(小さな樽)と呼ばれるようになったようです。なんだか日本語の‘ポッチャリ’という言葉に似てますね。





ボッティチェリが再発見され、急に世界の注目を引き始めたのは19世紀になってからです。
イギリスでもラファエル前派のアーティスト(ダンテ.ゲイブリエル.ロセッティ、ホルマン.ハント、ウィリアム.モリス、エドワード.バーン.ジョーンズ、エヴリン.デ.モーガンなど)に大きな影響を与えました。特にロセッティやバーン.ジョーンズ、ラスキンはボッティチェリの絵画のコレクターでもあったようで、その一部も展示されています。

2年前に訪れたナショナルトラスト所有のウィティック.マナーに掛けられていたエヴリン.デ.モーガンの‘フローラ’は明らかにボッティチェリの‘プリマヴェーラ’からインスピレーションを受けたものです。







ウィリアム.モリスのタペストリー‘The Orchard’も‘プリマヴェーラ’の影響を受けていますし、ロセッティの‘ラ.ギルランダータ’もそうです。ラファエロ前派とは「ラファエロ以前、つまり中世や初期のルネッサンスのころの芸術を称える」芸術運動で、日本ではジョン.エヴェレット.ミレイの「オフィーリア」が有名ですね。

この日はとても良いお天気の日でしたので、レストランでサンドウィッチを買って、美術館の中庭で日光浴をしながら(この国は太陽が少ないので、太陽が出ると日光浴をしなければビタミンD不足になります!)素敵なランチをとり、お腹も目も心もハッピーな一日でした。






Bottichelli Reimaginedと題されたこのエグゼビションはは7月3日までヴィクトリア&アルバート美術館で開催されています。

http://www.vam.ac.uk/content/exhibitions/exhibition-botticelli-reimagined/

3/13/2016

寒くても春

10度以下の寒い日が続いています。ここ5年以上も風邪らしい風邪をひいていなかった私も4,5日は鼻声でした。これはまずい!と、何年振りかで風邪薬を2回のみました。おかげですぐによくなりました。「年をとったら風邪をひかなくなった」なんて聞いたことありませんが、私の場合は本当にそうなんです。昔のように「クシャンと言ったらフルコース。咳が止まるまでまっしぐら。」というのがなくなり、クシャンときたらエキネシアのフラワーレメディーをのめばすぐ直るようになりました。皆さんにもお勧めですよ。

さて先日鹿児島の学生さんを3日間ご案内させていただいたのですが、鹿児島は20度以上とか。それってロンドンの夏ではないですか。東京でさえこっちに比べればずいぶん暖かいと思います。昔はヨーロッパに来るまで何日もかかったので、徐々に体を慣れさせることもできたのでしょうけど、今は12時間飛行機に乗っただけで10度以上も温度の差があるところに来るのですものね。体調をくずさないようにしなければいけません。

今月末は雪が降るかも?というロンドンに鹿児島からやってきた生徒さんは風邪をひかないかと心配でしたが、皆さんすごくお元気でイギリスで多くの事を体験し、一昨日南国鹿児島に帰られました。飛行場でお別れする時に生徒代表に感謝の言葉をいただいた時はジンとしました。またまた「これだからこの仕事はやめられない。」と頑張る気持ちが湧いてきました。こちらこそ、ありがとうございました。


引率の先生から届いた学校のブログです。http://konan.edu.pref.kagoshima.jp/konan/02-0sgh/

 
観光ガイドが言うのも変ですが、本当にイギリスと言う国は単に名所のみを見学するだけではもったいないと思います。日本の方々に知っていただきたいこと、経験していただきたいことがあまりに多すぎます。


学生さんたちは、オックスフォードやケンブリッジの学生と交流したり、ユニヴァ―スィティカレッジ.オヴ.ロンドン(UCL)では教授などからの講義を受けたり、学校内に設けられた鹿児島ステューデントの(薩摩とイギリスが戦った薩英戦争で、イギリスの近代兵器に圧倒させられた薩摩藩が鎖国時代に法を犯して薩摩の若者をイギリスに送った。その若者ー薩摩ステューデントを受け入れたのがUCL)記念碑の前で記念撮影もしました。(先生の許可を得て写真を掲載させていただきます)






 
これからの社会に生きていく若者たちは、本やパソコンから得る知識だけではなくさまざまな出会いと体験を活かすことが大切になるでしょう。

さて話は変わりますが、こんなに寒くても春は確実にやってきています。先日、犬の散歩に行く公園にカメラを持っていきました。皆さんにもロンドンの春の気配を感じて頂こうと思って。


柳の木はまだまだ裸です。水も冷たそう。




でもすぐそばには春の花が芽を出し始めました。クリスマス時に赤い実をつけるホーリー(ひいらぎ)の花の芽もほころびかけて。
 
 






ブラックソーンの花は葉っぱより早いので、そろそろ終わりかけています。

 
 
 

 
秋には深い青紫の実をつけます。これがスローという実ですが、ジンの中に入れて浸けておくととスロージンの出来上がり。昔から一番簡単に家庭で作れるリキュールとして人気です。
 
 
 
 
私たちが散歩に行くと必ずアロットメントに(市から土地を借りて個人で野菜や花を植える)おじさんがいます。そのおじさんが今年はなんとスゴイ畑を作っています。それも自分で。
 
 


まだまだ寒いけど、春の空気がそこらじゅうに漂う季節になりました。
 

3/08/2016

アフタヌーンティ文化の講師

カルチャーツーリズムUKとして初めて行われるグループレクチャーの講義の内容に関して講師と話し合うために彼女のご自宅に伺いました。一般募集のツアーとしては5月30日から始まる「アフタヌーンティ文化を現地で学ぶ」のツアーが最初で最後になるのではと思っています。そしてうれしいことにこのツアーはすでに催行が決っていて、告知期間があまりに短かったにも拘わらず(ツアー催行まで4か月を切った頃に告知開始)順調に進んでいます。

ご予約を頂いた方々から、特にレッスンで学びたいことなどを知らせていただいたので先日はそれを持って講師のアイリーンさんとミーティングをしました。

アイリーンさんは日本でも紅茶関連の方々の間で話題のイゴン.ロネイ主催の「今年のティーショップアワード」(今までベティズや、メイズ.オヴ.オナー取得)を1987年に、またティーギルドからも賞を取得しています。その後は、イゴン.ロネイのアワードの審査員としてイギリス中のティーショップを周っていらっしゃいました。今回のミーティングでは審査の対象になる事柄や、ジョージアンからヴィクトリアン、エドワーディアン期を経過して今の紅茶文化に至るまでの歴史などをお聞きして、益々イギリス文化とお茶文化の深いつながりを感じました。

エゴン.ロネイのアワードを取得された際にいただいたウェッジウッドの特別な大きなティーポットを持つアイリーンさん。
 

 
 
 
 
 
 
この日のために急きょ用意してくださったアフタヌーンティです。鳥の巣になっているお庭のティーポットが見えますか?
 
 
 
 
 
 
「ウン?ブラウンブレッド?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。レクチャーではそういう話も用意して下さっています。紅茶文化はイギリス文化そのものです。紅茶なくしてはイギリス文化はあり得ないほど重要であることが、ますます彼女とのミーティングで感じられました。
 
 
彼女の専門はエドワーディアン時代の紅茶文化です。でも、もちろんレクチャーではジョージアン期から学びます。それはアフタヌーンティ文化が始まる前のこと。
 
 
 
 
 
 
当日は、レクチャーのために彼女ご自身が集められたアンティークのティーグッズをレクチャーの際に持ってきてくださるそうで、すごく楽しみです。
 
 
アフタヌーンティはベッドフォード公爵夫人が始めたものと言われます。そのために最初は上流階級の間で人気でした。ですから日本でも、「イギリスでアフタヌーンティを頂く時は、昔の貴族のマナーで」とおしえられている人もいます。でもイギリスでは今は階級に関係なく「特別な時間の過ごし方」として一般の人にも人気です。昔の貴族のマナーをそのまま使うのではなく、エレガントに楽しいお茶の時間をすごすことが大切と思います。
 
今回のレクチャーは紅茶がイギリスの歴史に及ぼした影響や、歴史を通してどういうふうにアフタヌーンティ文化が変わってきたかを(もちろん昔の貴族のマナーなども入れて)アイリーンさんの経験や体験を聴きながら学びます。
 
 
ツアーにはまだ数席空きがありますので、興味のある方は下記のインフォメーションをご覧ください。
 
culturetourismuk.com




3/07/2016

イギリスの母の日

近代の「母の日」は20世紀の始め、アメリカで始まったと言われていますが、国によって日が違うようです。日本を始め、多くの国は5月の第2日曜日ですがイギリスは四旬節の(聖灰水曜日からイースターの前日までの40日間で、キリストの苦難をしのんで断食や懺悔を行う期間)第4日曜日です。またこの国では昔はMother's  Dayより、Mothering Sundayという名が一般的で、それは17世紀から特別な日として扱われていたとか。その名前も色々で、サリー州では‘プディングパイ.サンデー’と呼ばれていたそうです。でもどの家庭でもお母さんの存在は大きいので、世界中でお母さんを称えて特別な日が設けられるのは自然なことでしょう。父の日もありますし、国によっては‘兄弟姉妹の日’もあると聞いたことがあります。

この時期、スーパーマーケットや高速道路のサービスエリアにあるお店は入口付近に沢山の花が売られています。母の日にお母さんに会いに行く人が多く皆お花を持って行くので、良い商売になっているようです。どこの国からやってきたかわからないような珍しい花は日本円で2万円近くしていました。かと思えば一番安いのが水仙です。今は、そこらじゅうに咲いている花ですから。(因みに朝、私がもらったのは水仙でした。)




この日、私はたまたま仕事で田舎に行く用事があってそのほとんどの時間は車の中で過ごしました。私にはラジオは欠かせません。車の中以外にもキッチンではいつもかけています。昨日は母の日の話題が多く、特にすでに亡くなっているお母さんを思う視聴者からのお母さんへのメッセージはどれもキュンと胸が痛くなりました。そんなときは、つくづく「亡くなっても愛された人の心の中に永遠に生き続ける」ということに納得します。

仕事が終わってから、いつものように田舎の教会に立ち寄りました。そうしたら、普段は誰もいない教会の墓地にけっこう人がいます。そしてお墓にはたくさんのお花が。日本では命日にお花をお供えしますが、こちらでは命日よりも母の日、また自分の特別な思い出の日にお花を持ってお墓を訪れる人が多いように思います。






お花が好きだった私の母のことを思い出し、ちょっとしんみりしてしまいました。

さて、今度は私が母なのですが今年はどうしても都合がつかず、2本足の子供たちは欠席。その代りにプレゼントが届きました。2本足の子供たちからはミュージカルのチケット、4本足の子供たちからは200キロの干し草です(実際に犬はお金を持っていないので、主人からのプレゼントということになりますが)。この干し草は、もちろん私が食べるのではなく、私がサポートしている動物保護チャリティ団体であるヒルサイドで保護されている馬のためのものです。


ヒルサイドから送られてきた手紙です。





おいしい干し草を思いっきりおなかいっぱい食べている馬たちを思いながら、ハッピーな母の日でした。

3/04/2016

ロンドンでお天気の良い日には。  その2



引き続き、Queen's Walkを歩きましょう。
 
セントポール寺院の向かい側には、寺院を設計したクリストファー.レンが滞在し、寺院が出来上がるのを眺めていたという建物があります。





外壁に付けられたプラックです。




でもこの建物は1710年に建てられ、その年に大聖堂が完成していることから、レンが実際に滞在した可能性は少ないのです。 またこのプラックにはヘンリー8世の6人のお妃のうち、最初の妻キャサリン.オヴ.アラゴンが1502年にロンドンに到着した時に滞在したと書かれています。それはこの建物が建つ200年前のことですので、その可能性はありません。ですからこのプラックはマ.チ.ガ.イ。

ロンドン内の建物に付けられた時計と同じく、全てを信じてはいけません。時計に関しては毎年夏時間、冬時間で1時間の差が出ますが「どうせまた元に戻るのだから。」となおさないでそのままになってるところが多いので、気をつけてください。(そういう私の家の時計もなおすことはしないので、時期によっては1時間遅かったり早かったり。この国に長く住んでいると、そんなイギリスのいい加減さもしみついてきます!(我が家にいらっしゃった方が1時間の遅れに驚かれることもしょっちゅうです。)
 

この男性も何か変?と思っているかも。
 
 



‘シェイクスピアのグローブ座’は1599年にシェイクしピアが株主の1人として建てられ、その後火事で焼失したものが再現されたもので1997年にオープンしました。今年はシェイクスピアが亡くなってから400年の年です。彼の生まれ故郷であるストラットフォード.アポン.エイヴォンはもちろんのこと、ロンドンでも特別イベントの開催やシェイクスピアの劇が上演され、世界中のシェイクスピアファンがイギリスにやってくることでしょう。
 


 

 
今回は歩きますが、知っておくと便利なのがテムズ川を走る出勤用のボートを観光に利用することです。遊覧船よりは早く目的地に着きますし、バスや地下鉄のように渋滞に巻き込まれることもなく、詰め込まれることもないし、しかもオイスターカード(ロンドン市内の公共交通機関を利用できる前払いのカード)が使えます。観光に利用するのであれば、トラベルカードと(地下鉄の一日券)合わせて11ポンド55ペンスの料金を追加すれば地下鉄にもバスにも、そしてこのボートにも一日何回でも乗ることができます(チケットの種類によって料金が異なります。)またボートは20か所の桟橋から約20分おきに出ていて、ウェストミンスターのテートブリテン美術館や東のロンドン塔、グリニッジへも簡単に行けます。

http://www.thamesclippers.com/assets/doc/TC-Ticket-Prices-September-2015-2.pdf
 
 
 
 

 
The Anchor Banksideというパブの建物は19世紀のものですが、この場所には800年の間居酒屋が存在していました。




 
テムズ川南のサザック地域は昔、ウィンチェスター司教が所有していました。サクソン時代からノルマン人の征服の後までロンドンではなく、ウィンチェスターがイングランドの(サクソン時代はウェセックスの)首都でした。
 
その司教のために12世紀に建てられた宮殿は大変贅沢なものだったのですが、この地域はロンドンの管轄区から外れていましたので、疑わしいことも行われていたようです。ウィンチェスター司教は、劇場や売春宿から地代を徴収してますます派手な生活をしていたとか。
 
大宴会場の壁の一部です。

 
 
 
 
 
現在見られる部分は土台などのほんの少しの部分に過ぎません。
 
 
 
 
 
 
ゴールド.ハインド2号は1577年から1580年にイギリスで初めて世界一周航海に成功したフランシス.ドレイク卿の船ゴールデン.ハイドのレプリカで、特に子供たちに人気のアトラクションです。
 
 
 
 
 
サザック大聖堂では1607年、後にアメリカに渡りハーヴァード大学を設立したジョン.ハーヴァードの洗礼式が行われた聖堂で、シェイクスピアも出席したと言われています。
 
 
 
 
 
 そしてすぐ近くにはバラマーケットがあります。世界中の食べ物が集まるこのマーケットの歴史はかなり古いものですが注目されてきたのは、2000年以降小売りに人気が集まってからです。販売する人と話しながら好みに合った食べ物買って、若者でなくても平気で歩きながら食べるのも良い
経験でしょう。
 
 
 

この日は、ここでウォーキングをストップしてロンドンブリッジ駅から地下鉄に乗り、次の目的地に向かいましたが、この先は益々おもしろい観光ができます。ロンドン塔が対岸にありますし、タワーブリッジを背景にすれば最もロンドンらしい写真が撮影できます。この日のウォーキングはランチ、お茶の時間を入れて約2時間半でした。

自分の時間に合わせて、しかも自分のペースで観光することこそロンドンの素晴らしさが更に見えてくるのではないでしょうか。

3/03/2016

ロンドンでお天気が良い日には....その1.

暦の上では春です。来月になったら桜が咲くという時期なのに、先日新聞で変なことを言っていました。「ホワイトイースターになるかも?」 ウン?ホワイトクリスマスならずホワイトイースター!今月25日から始まるイースターには雪が降るかもしれないというのです。真冬に薄手のジャケットで歩いていたかと思うと、春が来たという今、今度はオーバーコートを引っ張り出すことになりそうです。

さて今日は冬に逆戻りしないと仮定して、これからの季節にお勧めしたいロンドンでの観光方をお話ししたいと思います。

ロンドンが初めての方は観光バスに乗るのが便利です。数か所写真ストップをしますが、ほとんど雨にぬれることもなく短時間で名所を見ることができます。「何だ、そんなことか!」と思わずもう少し、聞いてください。

観光バスの次に便利なのは専用車、またはタクシーで周ること。その次に便利な方法は地下鉄、バスを利用しての観光です。特にリピーターの方には今度は観光だけの視線からロンドンを見るのではなく、ご自分の好み、興味に合わせてそれぞれの場所で理想的な時間をすごせると思います。

私はロンドンに40年も住んでいながらいまだに時々ロンドン観光に出かけます。そしてそういう時は歩きに限ります。ここでやっとお勧めの方法の話になります。歩くと言ってもどこでも歩けばいいというのではなく、私の場合はテムズ川沿いを歩きます。観光ガイドが観光するなんて変に思われるかもしれませんが、私はよくこれをするんです。何百回も見た風景、建物でも見る度に「いいなー」と感じます。

いつかこれをブログに書きたいと思っていましたので、「暑くもなく、寒くもなく、空気がパリッとしていてお天気の良い日は家にいるのがもったいない。」といったある日、カメラを持って出かけました。ちょうどロンドンでしなければいけないことがあったので早めに家を出ていつものようにテムズ川沿いの道The Queen's Walkを散歩しました。写真を沢山写してきましたので、今日は皆さんと写真を見ながら歩いてみようと思います。

まずロンドンの観光名所はテムズ川沿いに沢山あるので、テムズ川を拠点として計画を立てると便利です。今回はランべス.ブリッジからタワーブリッジの間を川沿いに走るQueen's Walkという道の中でも、ウォータルーブリッジからロンドンブリッジの間のみを歩きました。





ロンドンが初めての方は地下鉄ジュビリー線のウェストミンスター駅から川を渡ってウォーキングを始めると、ビッグベンやウェストミンスター寺院、ロンドンアイなどが見えますので、是非そうしてください。






ウォタルーブリッジの名前は、1815年のウォタルーの戦いに由来しています。1817年に造られた以前の橋に代わり今の橋は第二次大戦時中に造られました。出征している男性に代わって多くの女性の労働によって造られた橋なので、別名「レディの橋」とも呼ばれています。ドーセット州にあるポートランド島で採れるポートランド石が使われています。
 
 





向かいのサマセットハウスの中にあるコートオールド.ギャラリーは小さな美術館ではありますが、ゴッホの「耳を切った自画像」他、マネの「フォリー.ベルジェールのバー」などの素晴らしい印象派の画家たちの作品を所蔵しています。川を渡って寄り道しても十分行く価値のある美術館です。





 
テムズ川はイングランドにある川としては一番長くその全長は346キロで(イギリスで最長の橋セヴァーン.ブリッジはイングランドとウェールズにまたがっている)、端から端までほとんど川沿いに歩くことが可能です。この辺りの満潮時と干潮時の水位の差は5メートルもありますので、岸壁に上の方まで苔が生えているのもうなずけるでしょう。ここまで水面が上がってくるということです。
 
この写真はかなり水が引いている時のもの。たまに宝探しに来ている人を見かけます。運がすごく良ければローマ時代のコインが、ちょっと良ければ中世の陶器のかけらが見つかるかも?





川からほんのちょっと南に入るとおもしろいお店やレストランが並びます。歩き疲れたらお茶を飲んだり、ランチをする場所が沢山あります。
 
 









OXOタワーウォーフという建物は火力発電所を経て、今でもほとんどのイギリス人の家庭で使っている固形スープの素OXO(オクソー)の倉庫だったところ。今ではアーティストたちのワークショップが地階に並び、真ん中が住宅、上の階は高級レストランになっています。

OXOと書かれた塔は、オクソーがアートデコスタイルに改築した1928年、「あまりに目立ちすぎる広告」とロンドン市から壊すよう命じられたのが、今では反対に「壊してはいけない建物」のリストに上がっているという代物。何でも壊してしまえば終わりです。時代が変われば建物の価値観も変わりますね。壊した後で「しまった!」と思うのが普通です。それを避けるためには、「何故壊さなければいけないか?」を真剣に考えたほうがいいですね。





更に先に進みます。と、セント.ポール寺院のドームが見えてきました。
 
 


ウェディングケーキの形はこの教会からきたというセント.ブライド教会も。




テートモダン美術館です。昔火力発電所であった建物が今では1900年からの近代美術の宝庫になっていて、イギリス内で最も人気のある美術館の一つになっています。




展示物を見るには2時間は必要です。でもその時間がなかったら内部のターバイン.ホールを見るだけでもその価値は十分あります。5分の時間があったら是非入ってみてください。いつも話題になるアートの展示が行われるホールです。入場は無料。


 
 
テートモダンの正面から出ているミレニアム.ブリッジは西暦2000年を記念して造られた橋で、別名「ウォブリー.ブリッジ」。wobblyとは「ぐらぐら揺れる」という意味です。2000年にオープンした時は本当にぐらぐら揺れて、危なっかしそうに人々が歩いていました。橋はすぐにクローズされ修理が始まりましたが、再オープンしたのは2年後でした。
 
 



ミレニアム.ブリッジを渡ればセント.ポール寺院です。1666年のロンドンの大火で古い大聖堂が焼けてしまい、今の寺院はその後バロック建築を取り入れて造られたものです。111メートルの高さを持つドームはロンドンのランドマークの一つで、時間があったら是非中を見学してください。ドームの真下の地下納骨室には1805年トラファルガーの海戦で功績を納めたネルソン提督が眠っています。

「私の体は絶対に水葬にしてくれるな。」と言って船で亡くなったネルソンの遺体は、ブランディー浸けにされてイギリスに戻りここに眠っています。御棺はヘンリー8世の右腕で最後には王の信頼を失ったトマス.ウルジー枢機卿(ハンプトンコート宮殿を建てた人)のものです。その他、最初にお話ししたウォータルーの戦いで功績のあったウェリントン将軍、芸術家ではターナーなどのお墓もあります。


さて、今日はこの位にします。明日また「その2」を書きますね。