5/14/2016

ヴィーガン.アフタヌーンティ

イギリスのホテルでアフタヌーンティをする場合、予約時にお願いするとほとんどの場合、例えばベジタリアン、ヴィーガン、イスラム教徒、ユダヤ教徒、糖尿病、グル―テンフリー、ナッツフリー、減塩、乳製品フリー....のアフタヌーンティを用意してくれます。それらは普通のアフタヌーンティが基礎になっていて、例えばベジタリアン用ですとサンドウィッチにはスモークトサモンの代わりに卵やチーズを使ったものが出されたりします。

でも今回はロンドンでただひとつのヴィーガンアフタヌーンティ専門のホテルに行って来ました。世界中の食が集まり賑わうQueenswayの通りからほんの少し入いると驚くほどイギリス的な住宅街があります。La Suite Wes t- Hyde Parkというそのホテルは白いテラスト.ハウスが並ぶInverness Terrace と Inverness Placeの丁度角にあります。






昔は4軒の個人宅であった建物をつなげてホテルにしていますが、中はかなりコンテンポラリーです。レストランはひとつだけなので、朝食、ランチ、ディナー、アフタヌーンティは全て同じ場所でいただくのですが、マナーハウスや高級ホテルとは一味違った雰囲気でそれはそれでまた心地よく、時間の制限もないので(現在ではほとんどの有名ホテルは2時間制限)素敵な時間を過ごすことが出来ました。




窓際の席は緑いっぱいのテラスが見えて特に素敵でしたよ。ではメニューを紹介しますね。
 
このホテルはアルコールは出さないので(お部屋に持ち込むことはOK)、シャンペーンの代わりにアルコールフリーのフィズでアフタヌーンティが始まります。
 
お茶はもちろん選ぶことができますが、ダージリンのセカンドフラッシュがありましたので、迷うことなくお願いしました。これが大正解でした。セカンドフラッシュの紅茶が何度でもおかわりできるのも嬉しいですね。

 
 
 


サンドウィッチは、お豆腐でできたスクランブルエッグ、キャシューナッツのバターとポートベロマッシュルームのパテ、レモンとタイムとタヒニの混ぜ合わせ、ローストトマトとひまわりの種、アボカドとチリのムースです。ひとつひとつにシェフのアイディアがにじみ出ていて、美味しかったこと。
 
 
 




肝心のスコーンですが、ふくらみが足りないので一瞬がっかりしました。ところが食べてみると....






外はカリッとしてなかがほっこりしていて正に私好みのスコーンです。ホールミール(全粒粉)を使ったスコーンは??のところが多いのですが、ここのものはホールミールの特徴であるナッツのような味が出ていて個性があって、焼き具合も良くかなり気に入りました。
 
 
 
 
 

 
実は今回ヴィーガン.アフタヌーンティにお誘いしたのは、ペイストリーシェフ、ショコラティアとしてロンドンでも人気の渡辺ちかさんです。私のヴィーガンデザート、ケーキのアドバイザーでもあり、食べ歩きの仲間のひとりです。クラリッジホテルにいらっしゃった時は、日本の天皇陛下ご夫妻のディナーの際のデザートを完全に任され、アワードをいくつも取得して業界でも評判のちかさん。彼女のスコーンに関しては私のお客様から「今まで食べた最高のスコーン」という声を沢山聞いていますので、是非彼女の意見を聞きたかったわけです。
 
スコーンを口に含んだ時の彼女の一声は「美味しい!」。私は専門家じゃないので、ブログで「美味しい」という言葉を使うのはいつもためらいがちです。味は好みですから。今回も試食前はこのブログで紹介するつもりはなかったのですが、彼女の「美味しい!」の一言で自信がつき今日は胸を張ってご紹介することができるというわけです。それほど気に行ってしまいました。
 
 
 
 
クリームはクロテッドクリームの代わりにココナッツクリームです。私はケーキ用にはココナッツクリームをよく作りますが、スコーンには考えてもいませんでした。これもアイディア頂戴します!
 
さてケーキですが、ローフード(酵素、ビタミン栄養を損ねないように48度以下で料理されたもの)のお菓子が出てきました。普通のケーキとはまるで違います。ローフードも、ヴィーガン同様ロンドンでは人気上昇中の食べ物です。
 
 
 

 


特にキャロットケーキは、クリームチーズに代わるものを使っていました。食べるのに夢中で、何を使ったのか聞くのを忘れたのですが、もしかしたらキャシューナッツを発酵させたものかもしれません。次回、聞いて来ますね。








市場調査をする会社ミンテルによれば、イギリスの大人の人口の12%がベジタリアン、またはヴィーガンで、16歳から24歳の若者に関しては20%にも上ると報告されています。ヴェジタリアン、ヴィーガン、ローフードのレストランはどんどん増えていますし、スーパーの冷蔵、冷凍の棚には、今までのヴェジタリアン用のスペースがぐんと広がり、ヴィーガン用の新しい食料が頻繁に加わっています。

La Suite West - Hyde Parkでのヴィーガンアフタヌーンティは、ひとり27ポンド(プラスサービス料)とロンドン有名ホテルの半分というのも気持ちがいいですね。

さて、ここはホテルですのでお部屋のこともお話しします。内装はイギリスの代表的デザイナーの1人アヌーシュカ.ヘンペルのデザインで、白と黒を基本にしています。







床暖房を備えた大理石のバスルームは豪華感に溢れています。




朝食はヴィーガン他もありますが、ランチ、ディナーは完璧にヴィーガン。次回の食事が楽しみです。

5/09/2016

久しぶりのドライバーガイドの仕事。

日本ではゴールデンウィークも終わり、皆さんは今頃穏やかな日々を送っていらっしゃることでしょう。日本はゴールデンウィーク、お盆など皆一緒にお休みなので観光地やレジャー施設は混みますね。私は今年のゴールデンウィークはガイドの仕事は一本だけで、一昨日ドライバーガイドの仕事でおひとりの方をご案内しました。

ここ一週間ほど良いお天気が続いています。まずはロンドンのホテルから始まり2時間ちょっとのところにあるチッピング.キャムデンに直行。藁葺屋根の民家の通りを歩いていただきました。その後、スノーズヒル、ブロードウェイ、またコッツウォルドウェイでフットパスのウォーキングを楽しんでいただいた後はおいしいパブランチです。地ビールも試していただき、お客様はご満足だったようです。期待していたパブでのアスパラガス料理はまだメニューに載っていなかったのがちょっと残念でした。

午後はボートン.オン.ザ.ウォーターへ。お天気の良い週末とあって、ものすごい人。まるでラッシュ時のヴィクトリア駅みたいで、お客様も「ここはカットしましょう。」と車で大通りを通過しただけで写真もパス。その代りにボートン.オン.ザ.ウォーターのミニ版ともいえるローワー.スローターでゆっくりされました。

せっかくですからブルーベルも見ていただきたいので、コッツウォルズはこの位にして南に向かいました。実はこの日はお客様が日本へ帰国される日です。コッツウォルズであまりゆっくりすると渋滞にはまってしまう恐れもあるので、私としてはなるべく早めにコッツウォルズを出て空港に向かい、時間があったら空港に近い所で素敵な場所をご案内するつもりでした。結果、心配した渋滞もなく、高速道路を少し離れて森に向かいブルーベルを見ていただきました。すでに終わりかけていましたが、美しさはまだまだ大丈夫。







時々来るこの森付近で2匹の犬と日向ぼっこをしているご婦人がいました。一匹がすごい勢いでこっちに向かって吠えています。珍しいなーと思いながら近づくと、そのご婦人が‘Sorry’と吠えている犬に代わって誤っています。「いいの、いいの。きっとHelloと言っているのでしょう。」と返事をしたところ、「ブルーベルを見にいらっしゃったのね。この森はプライベートの森だけど貴方は歓迎よ。」「えっ?この森はプライベートの森だったの?そういえばPublic Footpathの看板もないですね。」 あの吠えていた犬は番犬だった?

結局、よく訪れるこの森に私は不法侵入していたわけです。一緒に行く友人にもおしえてあげなくては。入口には柵もなく、中には人の歩く道もできています。5月はブルーベルを見に来る人たちをよく見かける森です。





そしてこの森のオーナーが彼女だったというわけ。私の犬好きが幸いして得をしました。「その犬をちゃんとコントロールしてください!黙らせてください。」なんて言っていたらこの日、森に入れてくれなかったかもしれません。そこで20分ほどお客様と過ごしました。下を見ればブルーのカーペット、上を見れば緑の天蓋です。気持ちが良かったこと。












さて、帰国される前に何かお土産をとのことでウィンザー城の敷地内にある女王のファームショップへ。あっ、あるじゃないですか、アスパラガス。もうちゃんと並んでいます。なーんだ、お客様にこのアスパラガスをパブで味わっていただきたかったのに。





ここは通常観光バスを断っているので、買い物客も地元の人がほとんどです。車のない方はウィンザーの町からタクシーを利用して10分くらいのところですから、買い物をしている間タクシーにそこで待っていてもらって再びウィンザーに戻られるのが一番便利です。

日本からいらっしゃった方は、お土産として「日本では手に入らないもの」を探すのですが、女王のファームショップのロゴの入ったものは多分日本では見かけないと思います。お客様はビスケットやジャムなどお買いになって空港へ。7時半頃のご出発でしたので空港には5時少し過ぎに到着しました。

お天気にも恵まれ、日本に沢山の思い出を持って帰られたことでしょう。退職されたらレンタカーでイギリスを周りたいとおっしゃっていました。イギリスはラウンドアバウトさえマスターすれば運転もしやすく、しかも道路も整備されていますので日本の方々にも安心です。

私も久しぶりの仕事で楽しい時間をすごさせていただきました。


5/03/2016

エリザベス女王90歳のお誕生日おめでとうございます。

気が付いたら5月になっていました。4月21日はエリザベス女王が90歳のお誕生日を迎えられ、その話題で持ちきりでしたが私の4月はどういうわけか知らないうちに終わってしまったようです。

エリザベス女王は昔からご家族のビデオを頻繁にご自分で撮っていらっしゃって(その頃は8ミリと言ったんでしたっけ?)、その多くが先日テレビの王室ドキュメンタリー番組で紹介されていました。今まで公開されていなかったその映像をチャールズ皇太子が女王と一緒にご覧になっているシーンは、ごく普通の母と息子で微笑ましかったです。「あの乳母車、懐かしいなー。今どこにある?」とか、「あの人は誰だっけ?」といった具合に。私が録音しておいたその番組を観たのは実は昨日のことでした。

さて、その番組を観ながらますますエリザベス女王に対する尊敬の念が高まりました。90歳と言えば通常ですととっくに引退して、孫やひ孫に囲まれて穏やかな暮らしをしている年です。2015年に
は94回の公式業務を熟されたとか!因みにウィリアムは32回で、「もっと仕事をしなさい」という批判の声も聴かれます。本当に女王様には勲章(!)を贈りたいくらいです。

エリザベス女王2世は1926年に生まれましたが、その時は将来女王になることはほとんどの人は想像していなかったはず。それがエドワード8世の結婚に関わる突然の退位で弟君のジョージ6世(女王の父君)が仕方なしに即位し(この時代のことは映画‘King's Speech'でおなじみ)、ジョージ6世亡きあと1952年に長女のエリザベスが25歳の若さで女王になりました。当時の法律ではまずは男子に継承権があったのですが、ジョージ6世のお子さんはエリザベスとマーガレットのお二人の娘さんだけだったために長女のエリザベスが王位を継ぎました。

ダイアナ元皇太子妃が亡くなった時は女王の支持率は最低でしたが、現在は76%という調査結果が出ています。

 
4月16日のSunday Telegraphの別冊誌の表紙です。
 
 
  
 
日本からいらっしゃる方はイギリスの王室に興味を持っている方も多く、バスや車の中でよくお話しするのですが、今日はこの雑誌の中からいくつか写真をご紹介しながら皆さんと王室について語り合いたいと思います。
 
 
1926年4月21日、時の王ジョージ5世の二男であったヨーク公爵と、スコットランドの14代目ストラスモア.キングホーン伯爵の末娘でヨーク公爵に嫁いだエリザベスの長女(今の女王は母君の名を受け継いだ)としてロンドンのブルートン通り17番地で誕生されました。この家はすでに取り壊されて今はありません。ヨーク公爵とはイギリス君主の二男に与えられるタイトルで現在のヨーク公爵は女王の二男であるアンドリュー王子です。
 
 
 
 
 
1937年5月に行われたジョージ6世の戴冠式後、バッキンガム宮殿のバルコニーに現れたロイヤルファミリー。戴冠式は国としての最大行事です。プリンセス.エリザベスの手の振り方をご覧ください。すでに女王になるべく振る舞いを躾けられていたことがわかります。今までのロイヤルファミリーは手のひらを見せて挨拶することはありませんでした。実際手の振り方ひとつにさえ、何故そういう振り方をするのか理由があります。キャサリン妃が普通の手の振り方をしているのを見ると、王室も時代に合わせて変化していることを感じます。
 
 
 
 
 
1945年イギリス陸軍の少尉として軍用車輌の整備を行うプリンセス時代の女王。この時に車の運転を習われたと聞いていますが、実際パスポートと同じく女王は運転免許証というものを持っていません。公式の車にもナンバープレートがついていません。証明する必要が何もないことを表しています。
 
 
 
 
 
ジョージ6世、プリンセス.エリザベス、プリンセス.マーガレット、エリザベス女王(現エリザベス女王の母君)。ロイヤルファミリーがプライベートで過ごす時は必ず犬がいます。
 
 
 
 
1953年の戴冠式。ここで使われた宝物は、1661年からロンドン塔に保管されているクラウンジュエル(君主が特別な行事に使う宝物)ですが、笏の先についているのがつい数年前まで世界で一番大きいカットダイヤとされていたカリナンダイヤモンド1(530カラットで原石は3106カラット。又の名を‘アフリカの星’)です。因みに現在世界1大きなカットダイヤはゴールデン.ジュビリー.ダイヤモンドで(546カラットで原石は755カラット)、タイの王様即位50周年のお祝いに贈られました。クラウンジュエルに使われている宝石は23000以上あると言われています。
 
カリナンダイヤモンド1は、南アフリカで1905年に発見されたもので、1907年に時の王エドワード7世の66歳の誕生祝に贈られました。さて、南アフリカからこのダイヤをどうやって運ぶかが問題になりました。その結果、まず偽物を作って大袈裟に護衛艦でイギリスに運ばれているうちに本物はなんと普通の郵便で送られたそうです。さすがイギリス。随分思い切ったことをしました。ジェイムズ.ボンドの国ですねー。やることが違う!
 
 
 
 
 
ポロ競技場での女王とエジンバラ公。チャールズとアン(長女)。今年95歳になられるエジンバラ公(フィリップ殿下)は、イギリスの歴代ロイヤルファミリーの男子では最年長者です。あまりにストレートに意見を言うのが特徴で、時々問題を興していますが、いつも女王を支える影の人物です。
 
 
 
 
 
 
エジンバラ公爵は(またはフィリップ殿下)ヴィクトリア女王を先祖に持ち、ギリシャの王子として生まれましたが生後一か月の時にギリシャでクーデターが起こり、伯父であったギリシャ王は退位、弟だったフィリップの父は死刑を宣告されます。そのため一家はヨーロッパの国を転々としましたが、イギリスの海兵学校に入学したフィリップは、後にイギリスの海軍に入隊します。両親の不仲も公然の事実で彼の幼少、青年時代は決して幸せとは言えなかったようです。
 
プリンセス.エリザベスが13歳で再開した時にフィリップに恋をし、ふたりは結婚を約束しますが姉4名が全てドイツ人と結婚し、ナチスに関係していたことも含めて周囲は反対します。終戦後間もない時のことでしたから。その後のことは歴史で語られる通りで、女王は21歳で結婚しました。結婚式には姉たちは招待されず、母親のみが出席しています。
 
女王ご家族の微笑ましい写真は多く残っていますが、下の写真もその一枚です。初孫(アン王女の長男)のピーター.フィリップと共にバルモラル城で撮影されたものです。今までは第一王位継承権は君主の長男でしたが2011年から男女に関係なく最初の子供が継承者になることが決まりました。その際、もうひとつ大きく変わったことは、王位継承権を持つ人物はローマンカソリックと結婚できないという1701年からの法律が無効となったことです。ただし、君主はイングランド教会の最高ポジションにいるために、ローマンカソリックは君主になることが禁止されていることはそのままです。
 
 
 
 
1970年の公式女王誕生日の儀式であるトゥルーピング.ザ.カラー(軍旗敬礼分列式)であまりの暑さで気絶した近衛兵。「女王が通りすぎるまで」と我慢していたのでしょうね。よりによって女王が通るその瞬間に気絶してしまったとは、お気の毒です。しばらくしてから救助隊が来ましたが、その時まで他の近衛兵は知らん顔。その時は「随分薄情!」と思いましたが、彼らの仕事は女王を守ること。それにしてもふんにゃり倒れるのではなくバッターン!と倒れていていたのが印象的でした。この儀式では、ご高齢のために馬車を使われることになる以前は最も難しいと言われる横乗りで会場に向かわれていました。
 
 
 
 
ウィリアム王子誕生。4代にわたる王室ご家族。
 
 
 
 
ダイアナ妃と離婚したちゃールズ皇太子は2008年カミラ.パーカー.ボウルと結婚。日本ではカミラさんに関しての報道は否定的なことばかりのようで、日本での彼女の人気は今でも最低とも言えるほどですが、イギリスでは人気があります。暖かいお人柄はたまに報道される日本では皆さんも気が付かないかもしれませんね。少なくともイギリスで報道されている普通の内容を日本でも使ってもらいたいものです。
 
私は実際にお会いしたことはありませんが、お会いしたという方からお話を聞いたりする限りでは、チャールズ皇太子が国民から慕われる王になるために大切な方と思います。その結果これからのイギリス王室の存在がどうなるかにまで影響が出てくる気がします。
 
 
 
 
 
2012年に即位60周年を迎えられた時のパレード。
 
 
 
 
 
2012年ロンドン.オリンピック開会式ではジェームズ.ボンドと共演。バッキンガム宮殿にボンドが女王をお迎えに行き、その後ヘリコプターで会場に向かいます。そして会場の上に来た時に、女王がヘリコプターから飛び降りたのです!そしてしばらくしてから女王が同じ洋服で会場にお出ましになりました。会場にいた人も、テレビを観ていた人も大喝采です。これで女王の人気が益々あがったのでは?ユーモアのセンスは英国人にとっては、最も大切な国民性のひとつです。
 
伝統にしがみついてばかりいては国民の王室離れは進むばかりです。そこのところを一番ご存じなのは女王ご自身かもしれません。
 
 
 
 
 
2015年5月シャーロット王女の洗礼式の日。
 
 
 
 
 
 あれはたしか、彼女が21歳を迎えられた時のスピーチだったと思います。
「国民に私の人生を捧げます。しかし、それは一人ではできません。あなたたちのサポートがあってこそ可能な事です。」
 
プリンセス.エリザベスからエリザベス女王になられた彼女の人生は正に国民に捧げた人生だったような気がします。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 




4/28/2016

お客様からの写真

先日のブルーベルウォークではうっかり写真を撮るのを忘れてしまいましたが、お客様がちゃんと撮ってくださいました。その方々のお許しを得て掲載させていただきます。

ブルーベルの色は、実物と写真があまりに違うのでいつも苦労します。何十枚撮ってもちゃんと撮れているのはほんのわずか。ほんのちょっとした光の具合でだいぶ色が変わるのですね、きっと。

でもHさんが写真を送ってくださいました。キャノンのカメラが良かったのでしょうか?それともHさんの腕前とキャノンの相性が良かったのでしょうか?綺麗ですねー。








そしてグループのスターであったごん太君。さっそうと歩いていました。車の通る道だけリードをつけていましたが、他の場所では自由に歩いていましたよ。
 
 
 
 
そのごん太君のように足の短い人用に(本当は犬のためのものです)スタイルと呼ばれる踏み台(左)の横には通路があります。
 
 
 
 
丘の上はちょっと寒かったのですが、景色は抜群でした。
 
 
 
 
ごん太君が見えますか?
 
写真を送ってくださったHさん、Fさん、ありがとうございました。
後日、お客様からメールで「またウォーキングツアーを企画してください。」といううれしいリクエスト。いつかコッツウォルド.ウェイというルートをご案内できたらうれしいです。

4/25/2016

チャリティ.ウォークを終えて

昨日、日本語ガイド協会主催の東日本大震災のためのチャリティウォークを無事終えました。今回は8名とワンちゃんひとりのご参加でロンドンマリルボーン駅からスタートしました。数日前から天気予報を気にしていましたが、当日の朝BBCの天気予報でウェンドーヴァーの地域をチェックしたところ気温7度という寒さではありますがまあまあのお天気とわかり、早速皆さんに「決行」の連絡をしました。

ブルーベルは一週間前よりも開いていましたが、ここ数日の寒い気温のせいか満開ではありませんでした。でもそれが返って可憐な感じで、皆さんうっとり。












クームヒルの頂上で全員で集合写真をと思っていたところ、ランチを食べるのに夢中ですっかり撮影のことは忘れてしまいました。ということで参加者の写真はこれだけです。すみません。


でも、今回はスターの参加がありました。ダックスフンドのごん太君です。足が短いので泥に埋もれてしまうかも?と少し心配しましたが、そういうところではお母さまが大き目のバッグの中にすっぽりごん太君を入れて歩いてくださったので問題なし。その他はグループから離れることも全くなく、リードなしで軽やかにさっさっ歩いていました。皆さん時々歩く足を止めてごん太君と会話を楽しみながら、海抜260メートルのクームヒルを目指しました。





メンバーは皆さん初めてお会いする方が多かったとはいえ始めから意気投合。またごん太君が更に和やかな雰囲気にしてくれました。あの足の長さですから、私たち人間より数倍長くあるいていたはず。

ウェンドーバーの駅から11時ころ始まったウォーキングは休憩しながらゆっくりペースで歩いたので、再び駅に戻ったのは3時半でした。(道に迷った時間も入れて! そう、今日のガイドは方向音痴なのです)

ご参加くださった方々、ありがとうございました。今日集まった120ポンドはすべてふくしま子供寄附金に送らせていただきます。

4/21/2016

ウェールズ魂

ウェールズの首都カーディフに行って来ました。ウェールズはグレイトブリテン島の西に位置し、広さは北海道の約1/4、人口は300万人と北海道の半分強です。1282年にイングランドのエドワード1世に敗れ、1284年からは正式にイングランドに併合されましたがスコットランド同様ウェールズ人は強い愛国精神をもっていて、どこに行ってもウェールズの旗があちこちに見られます。「今日は特別な日?」と思いきや、そうではなく毎日挙がっているのだそうです。





車で行っても列車で行ってもウェールズに入った途端に気が付くことは道路、駅の表示などが全て英語とウェールズ語で書かれていること。ウェールズ語は英語の訛ったものというのは全くの間違いで、完全に違う言葉です。(ウェールズの人の英語は、ウェールズ訛が加わって私は大好きです。)


さてカーディフはそのウェールズの首都で人口は35万人、周辺を含めるとウェールズの全人口の1/3が集まっています。かつては世界最高の石炭輸出国であったウェールズは石油の需要に押されて多くの炭鉱が閉鎖され、近年はサービス産業が伸びています。

今回は列車でロンドンのパディントン駅からカーディフ.セントラル駅まで、約2時間の旅でした。


プラットフォームの駅名は上がウェールズ語、下が英語です。





カーディフセントラル駅
 





通りの名前も英語とウェールズ語。




さて、このウェールズ語ですが、1284年にイングランドに併合されてからしばらくは英語(イングリッシュ)を使うことが禁止されましたが20世紀に入ってウェールズ語を保存するための活動が盛んになりました。学校ではウェールズ語が必修科目になり、ラジオやテレビでもウェールズ語のチャンネルができました。ウェールズのみならず、イングランドにも、そして19世紀にウェールズからアルゼンチンに移民したひとたちのおかげでアルゼンチンにもウェールズ語を理解する人がいます。2004年から2014年の統計によればウェールズの人口の23%がウェールズ語を理解し、そのうちの16%が流暢に話すことができるとなっています。21世紀に入って一時減少したこともありましたが、現在ではその数は、再び上昇中とか。

将来もウェールズでしか通用しない言葉を何故学校で教えるの?と思うでしょう。ラテン語もそうです。日常話す人はいなくなっても、イギリスの学校によっては(特に私立校)いまだにラテン語の授業があるところもあります。

でもよく考えてみれば言葉とは、単にコミュニケーションの道具だけのものではありません。ラテン語は、昔のヨーロッパの公的文献はほとんどラテン語で書かれていましたので歴史を深く理解するうえでは大切です。ウェールズ語も同じでウェールズの歴史、アイデンティティを理解する大切な道具だと思います。ラテン語よりも「自分の国」ですからウェールズ人にとってはもっと大切でしょう。

世界に通用する言葉はひとつあれば(それが英語であっても、またはこれから作られる言葉であっても)良いわけで、あとは自分の国の言葉をしっかり学ぶことですよね。これってなんだか私が頑なに日本語を忘れたくない!と思う気持ちと重なるところがあるかもしれません。自分の使う日本語がおかしくなると気持が沈んでしまいます。
 


ウェールズの旗
 
 
Flag of Wales
 
 
 
ご存知のようにユニオンジャックはイングランド、スコットランド、北アイルランドの国旗を(そう、実はこれらは国なんですね。それらがイギリス - 連合王国 - を形成しています)重ねて作ったものです。何故そこにウェールズが入っていないかと言えば先ほどお話ししましたようにウェールズは1284年にイングランドと同じ国になってしまいましたので、イングランドの旗が代表して使われているわけです。

1301年にはエドワード1世の後継ぎがウェールズで生まれ、‘ウェールズの王子Prince of Wales’のタイトルを授かりました。(これが現在でもイギリスの皇太子がPrince of Waleと呼ばれる所以です) 近年になって、ウェールズもユニオンジャックに含もうという声も上がっていますが、その話題も知らないうちに消えていることが多いのです。もし、ウェールズを入れるとすればどんな国旗になるのでしょうね?せっかくの赤、青、白といい感じなのに、その中にグリーンが入る?個人的に思うのは一番しっくりいくのは真ん中に(線の一番多く重なる部分)赤いドラゴンを入れることかしら?でも今のユニオンジャックがあまりに有名なので変わる可能性も少ない気がします。ウェールズの人には残念ですが。
 
 
とにかく、国旗に関しては本当に複雑なので、近いうちにユニオンジャックについてもうちょっと詳しくお話しすることにします。国旗ってすごく大切なものですから。カーディフで沢山の国旗を見て羨ましくなりました。日の丸は世界に誇れる素晴らしい旗で、外国人もあの国旗は「日本の国旗だ」とすぐにわかるのに、実際に日本で目にすることは少ないですものね。
 
 
ウェールズの話に戻りますが、彼らはいつも「私はウェールズ人」という誇りを持っています。スコットランドも同じで、「貴方、イングリッシュ?」なんて言おうものなら「私はスコットランド人です!」ときっぱり否定されます。それも怖い顔をして。ハイストリートに旗が立っているのと同じようにお店でもドラゴンの品物をあちこちで見かけます。それはお土産屋に限らず、キッチンショップでもドラゴンコーナーがありましたし、宝石店のウウィンドーにもドラゴンのペンダントやダチョウの羽根3枚の(Prince of Walesの象徴)カフリンクスなどが見られます。
 
 

 
 
カーディフの町は歩いて観光するのが一番です。残念ながらその日は月曜日で美術館や博物館はお休みでした。そこでハイストリートの先にあるカーディフ城を見学。最後に訪れたのはもう10年くらい前の事ですから。ここは外観は3世紀のローマ時代(壁)、12世紀のノルマン時代(本丸-写真)、そして他は中世にかけて建てられましたが、内部は完全に19世紀に城主であった3代目ビュート侯爵によって完璧ヴィクトリアンゴシックに改装されているという珍しいお城です。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 



ウェールズと言えばラグビーと音楽です。ラグビースタジアムのプリンシパリティ.スタジアムも町の中心にあります。
 
 



この日、仕事は夕方からだったので早めに家を出てカーディフの町を散策しました。パラパラっと少し雨も降りましたが、それでも3時間くらいの間にウェールズ魂をしっかり感じることができました。