18世紀と言えばイギリスは奴隷貿易が盛んだった時代。イギリスから船で武器や綿製品などをアフリカの西海岸に運び、それらと引き換えに奴隷を船に乗せて西インド諸島に連れていき、そこでサトウキビの農園などで働かせるという商売が行われていました。それによって巨額の財を築いたひとも多く、今残る大きな貴族の館などもこのような経路で建てられたものもあります。
そんな時代に、このふたりの女性は何故一緒に描かれたのでしょう?
しかもこの絵は、召使いと雇い主という関係には見えません。白人女性の右手は優しく黒人女性に触れています。
実はこの絵は、マンズフィールド伯爵によって育てられた二人の姪の肖像画です。ロンドンの北部、ハムステッドヒースの丘の端っこにケンウッド.ハウスという貴族の館があります。現在でもスクーン.パレスに掛けられているこの絵のコピーがここに飾られています。でも何故、ケンウッドハウスにコピーが?
それは、ケンウッドハウスは当時、マンズフィールド伯爵のロンドンの住居で肖像画に描かれたエリザベスとダイドが育った家だからです。
ダイドの父は政治家であり海軍の軍人でもありました。彼と女性奴隷のベルとの間に西インド諸島で生まれたのがダイドでした。父は、ダイドをイングランドに送り、叔父であり、子供のいなかったマンズフィールド伯爵に預けます。そこには伯爵のもう一人の姪であったエリザベスがいましたが、二人は伯爵夫妻によって深い教養と躾を教えられ、姉妹のように育ちます。でも時代が時代だけにダイドは、エリザベスと全く同じように暮らすことはできませんでした。家族のみの食事は一緒に取っていましたが招待客がいる食卓には同席することを許されず、食後のコーヒーの時のみ許されるといった差別を受けます。でもマンズフィールド夫妻のダイドに対する愛情は深く、伯爵はその遺言によってダイドが生涯困らないだけの金額を残すばかりではなく、ダイドを奴隷ではなく公的に自由の身にすることを認めるよう言い残します。
館内は写真撮影は許されているものの、フラッシュは炊いてはいけないので、写真があまり良くありません。悪しからず。
マンズフィールド伯爵は高等法院主席判事という重要なポストに就いていました。奴隷に関係した「サマセット事件」「ゾング号事件」で判事を勤め、それらが後にイギリスでの奴隷禁止法へつながる一本の糸となります。そういうことを考えればダイドの存在は実に重要だったと言わざるを得ません。
ダイドの人生を映画化した「Belle ベル」は是非みなさんに観ていただきたい映画です。もちろん事実と違ってドラマチックに作られた部分もありますが、当時のイギリス社会を知ることのできる良い作品です。
今、アメリカから親戚が来ていて私は彼女と色々な場所を周っています。先日はケンウッドハウスに行きました。ケンウッド.ハウスといえば名画のコレクションでも有名です。
なんと言ってもフェルメールの「ギターを弾く女」は、それを観るためにケンウッドにやってくる人が多いの言うシロモノ。なにせ世界中に残っているフェルメールの絵は40枚にもならないと言われていますので、更に人気を集めています。イギリスには私の知る限りでは5枚あります。(エジンバラの国立美術館に一枚、ロンドンの国立美術館に2枚、王室のコレクションに1枚、ケンウッド.ハウスに1枚)
この他、フランソワ.ブーシェ、フランス.ハルス、レンブラント、ターナー、ヴァン.ダイク、ジョシュア.レイノルズなどのコレクションですが、これらは1920年代にケンウッド.ハウスを買ったエドワード.セシル.ギネス(ギネスビールで有名)が集めたものです。フェルメールもそのうちの一枚ですが、彼は1927年に館と共にこれらのコレクションを国家に寄贈します。
http://www.english-heritage.org.uk/visit/places/kenwood/
入場料は無料ですが、このような場所に行く際には寄付をお忘れなく。