2/10/2020

感動の映画

やっと春の兆しが見え始め、私の住む町の教会にもスノードロップが咲き始めました。・・・・・・と思ったら、昨日は突風警報が出されるという異常天気。多くの
列車が運行中止になっています。家にいても近所でゴミ箱が倒れる音が聞こえます。私の家では今のことろ被害はなく、庭の椅子やテーブルが1メートルくらい飛ばされる程度で収まっています。ド田舎に住む娘たちの家の周りは小枝が飛び交って外に出るのも危ないとのこと。




さて今日は最近見た感動の映画のことをお話ししたいと思います。今回は、実話に基づいた3本の映画です。どれを取っても主人公の勇気に感動し、その反面政府や大企業、社会全般がいかに非人道的な行為をしているかを知って恐ろしくなりました。

まず最初は「オフィシャル・シークレット(Official Secrets)」です。主人公であるキャサリン・ガンを演じるのはキーラ・ナイトリーです。




イギリスの政府機関である内部通信本部で働くキャサリン・ガンは、アメリカのNSA(国家安全保障局)が違法行為をしている事実を発見。その事実とは、イラクに大量破壊兵器があることを国連に説得しイラク戦争を承認させるためのスパイ作戦です。反イラク戦争派だったキャサリンはそれをオブザーバー新聞に通告しました。秘密データを公表することは罪になりますが、彼女の良心は沈黙ではなく敢えて発表することを選択させます。結局国連はイラク戦争を承認しませんでしたが、アメリカ(ブッシュ大統領)とイギリス(ブレア首相)と少数の有志国は強硬に戦争に持ち込みます。その結果15~100万人の人が亡くなりました。

機密漏洩の罪で起訴されたキャサリン・ガンですが結局は検事側が証拠を提示しないことで思いがけない結末になっていきます。

事実は、時にはフィクションよりはるかに恐ろしものであるかは、最後にご紹介する「ダーク・ウォーター」によっても感じます。

キャサリン・ガン本人(左)とキーラ・ナイトリー(右)




次の映画は「ハリエット」です。舞台は1840年代のアメリカに始まります。ハリエット・タブマンは自身が奴隷だった時に脱出に成功。自由の身となりましたがその後、奴隷解放秘密組織に加わり、奴隷の逃亡を助けることに身を捧げます。こうして19回の危険な旅の結果、捕らえられることもなく両親を含む300人の奴隷を救いました。南北戦争後も女性解放、貧困者、高齢者のために活動します。アメリカの歴史を作った一人です。

ハリエット役を演じるシンシア・エリヴォは、この映画の繊細さを見事に演じています。アカデミー賞、ゴールデングローブ賞にノミネートされたのも当然のことでしょう。




ハリエット・タブマン本人




最後は「ダーク・ウォーター」です。(同名の映画があるのでご注意)この映画はイギリスでもまだ封切られていないのですが、私はラッキーなことに観る機会があり、かなり衝動を受けましたのでご紹介します。ある農夫が自分の牛が次々に死んでいく理由は大企業であるデュポンが環境を犯しているためと確信し、弁護士であるロブ・ビロットに助けを求めに来るところから始まります。ロブ・ビロットは企業の弁護をする会社に雇われていました。

デュポンといえば、世界で4番目の規模を持つ化学メーカー。アメリカの三大財閥にも挙がっています。火薬などを製造していることから、アメリカの戦争に貢献してきました。農夫の住む地域ではデュポンで働く人も多く、デュポンを起訴するのに非協力的なひとたちが多かったのですが、癌やその他の病気の人が急増すると人々の態度も変わってきます。



内容は2016年にニューヨークタイムズに掲載された「デュポン最大の悪夢になった弁護士」という記事に基づいています。20年という長い年月を信念を持って取り組んできた弁護士(ロブ・ビロット)、そして企業弁護が目的である会社の上役がビロットの行為を遮らなかったことに深く感動します。

デュポンが製造のために環境汚染をしていたもののひとつがテフロンです。フライパンなどで焦げがこびりつかないように加工しているあのテフロンは私も使っていました。使うたびにテフロンが料理に少しづつ浸透していた可能性もあります。それを知りながら製造し続けたデュポンに深い怒りを感じます。

非常に複雑な、そして時間のかかる問題を巧みに一本の映画にした制作関係者はすごいと思う一方、上記の「オフィシャル・シークレット」と同様、政府、大企業を含む大きな組織が世の中を操っている事実を改めて知って愕然としました。弁護士役を演じるマーク・ラファロの説得性のある演技も注目です。

これら3本の映画は私がお勧めするというよりは、可能であれば一人でも多くの方に観ていただきたい映画です。歴史が良い方向に向かっているとしたら、このような勇気ある人間がいたからこそ可能だったと言っても過言ではないでしょう。