8/05/2020

ストラディヴァリウスのバイオリン

ちょっとしたことがきっかけで、ストラディヴァリのバイオリンについて興味を持ちました。アントニオ・ストラディヴァリは17世紀後半から18世紀前半にかけて息子ふたりと一緒にイタリアのクレモナで弦楽器を作っていた人です。当時は音楽家が急増し、大量に楽器を生産することが当たり前だった時代ですが、ストラディヴァリはあくまで質に拘り、もちろん音色も去ることながら、全体の形、表面のはめ込みを施したデザインは美術的にも高い評価を得ています。近年に至っては親子三代の時代に作られた弦楽器ストラディヴァリウスは世界一高価な値段がついています。この時代に作られたものは1100挺と言われていますが、現存しているものは約650挺。そのうち希少価値から言ってバイオリンよりもヴィオラやチェロが特に高額な値段がついています。

2011年に日本音楽財団が、東北大震災の被害者のための寄付金を作るために売りに出されたストラディヴァリウスの「レディ・ブラント(特に優れたバイオリンには愛称がついています)」はオークションの結果史上最高額、日本円で12億7420万円で落札されました。



ストラディヴァリウスのバイオリンに関しては時々盗難事件で新聞に載ることがありますので、一般の人も「すごいバイオリン」ということは知っています。そんなニュースを目にすると、まるで人間の誘拐事件?と思うほど。

イギリスでも2010年に、カフェで盗まれました。でも、売るためにストラディヴァリウスを盗むのはナンセンスです。なぜならばこれほど有名なバイオリンですから、すぐに警察に知れてしまいます。このロンドンの強盗もお金目当てだったようで100ポンドで売ろうとしたそうですが、すぐに逮捕されました。そしてそのバイオリンは持ち主に無事戻り、3年後に1380万ポンド(20憶円)で売られました。

今でも話題になっている盗難事件がありました。1936年にポーランド人で、多くのユダヤ人を救い、パレスチナ・オーケストラを設立したバイオリニスト、ブロニスラフ・フーベルマンがカーネギーホールでコンサートをしていた際に彼のストラディヴァリウスが楽屋から盗まれました。今度はすぐに見つかることはなく1947年に亡くなったフーベルマンは、ついにこのバイオリンと再会することはありませんでした。盗んだのはワシントンD.C. 国立交響楽団 のメンバーだったこともある人。50年間妻には「100ポンドで買った」と言い続け、ついに1985年に死ぬ直前に告白しました。バイオリンのケースを開けた妻は、そこに隠されていた当時の盗難に関する新聞記事を見て初めて夫の秘密を知ったのです。

それからこのバイオリンはどうなったでしょうか?ロンドンの保険会社ロイズはすでに盗難があった後にフーベルマンに3万ポンドを支払っていますので、所有者はロイズになります。そしてバイオリンを届けた妻に「見つけた人の権利」としてロイズからお礼金26万3000ドル(2760万円)が渡されました。

その後の「Gibson ex Huberman」と呼ばれるこのバイオリンの行方ですが・・・・。ロイズからバイオリンを買ったのはイギリスの有名なアマデウス弦楽四重奏団のバイオリにストであったノーバート・ブレイでした。ブレイニから買ったのが現在世界的に最も有名なバイオリニストのひとりに挙げられるジョシュア・ベルです。

ロイヤル・アルバートホールでのコンサートでロンドンに滞在していたときのこと。コンサートの前に弦をピックアップするために立ち寄ったのがバイオリン専門店でした。そこで初めて目にしたのがこのストラディヴァリウスでした。その後、ドイツの収集家に売られることを聞いた時にベルは涙を流したと言われます。「このバイオリンは見て楽しむのではなく、弾くように作られている」と。

そして自分の持っていたストラディヴァリウスを売り、すぐにブレイから400万ドル(4憶2000万円)で買い取りました。それは1713年、アントニー・ストラディヴァリが黄金時代と呼ばれる時期の1713年に作られたストラディヴァリウス5~6挺のうちの一つです。
ジョシュア・ベルのデビューは1985年で、それは彼が17歳の時でした。これは偶然にもフーベルマンからバイオリンを盗んだ人が死んだ年で50年の年月を経てバイオリンが世に再び現れた年でもあります。またジョシュア・ベルがデビューした場所はカーネギーホールでした。それはこのバイオリンが盗まれた場所です。





ストラディヴァリウスのバイオリンの表面はスプルースという木でできています。この木は切られてから330年後が一番良い状態になるそうです。だからストラディヴァリウスのバイオリンは今がちょうど良いコンディションであるということになります。そこにストラディヴァリの人気の秘密があるのかもしれません。

さて、このストラディヴァリウスのバイオリンとイギリスとの関係ですが、ストラディヴァリウス三大名器のうちのひとつが、オックスフォード大学の博物館アシュモリアン・ミュージアムにあります。しかも、値段から言うと世界一高値がつくだろうと言われている代物です。ほとんどオリジナルに近い状態で、これまでに弾いた人もあまりいなかったそうで、アントニー・ストラディヴァリアが死ぬまで手放さなかったというバイオリンです。またスララディヴァリウスのバイオリンの原型になっていたという説もあります。このバイオリンの名は「メサイア」。それは、「ユダヤ人が待ち焦がれていても現れないメサイア(救世主)のようだ」と、ある人がとコメントしたことからつけられた愛称です。




アシュモリアン博物館は無料で見学できますので、オックスフォードに行かれたら是非立ち寄ってみてください。8月10日からオープンです。