5/20/2019

セント・マイケルズ・マウントのブルーベル

セント・マイケルズ・マウントから本土に戻る時は、そろそろ潮が満ちてきました。




早く戻らないと、溺れてしまう!というのは大げさですが、靴がじゃぼぬれになってしまいます。急ぎ足で戻りました。


夕食時にはすっかり離島になったセント・マイケルズ・マウント。





 島では生粋のイングリッシュ・ブルーベルが咲いていました。お客様もカメラを取り出して。










コーンウォールでは道端にさえ、ちょこちょこと咲いていて驚きました。ロンドン周辺でも生粋のイングリッシュ・ブルーベルを見るには古代の森まで行かなければほとんど無理です。ましてや道端に咲いているブルーベルは、全部と言っていいくらいスパニッシュ、またはその混血です。外来品種やその混血は生命力が強く、土着のブルーベルは生き絶えてしまうので、イングリッシュブルーベルを残そうという動きがあります。

コーンウォールには、まだスパニッシュ系のブルーベルは少ないのでしょうか?人々が庭に植えてしまえばそこからどんどん広がっていきますから、庭にもできる限り植えないようにしているということなのでしょうか?

生粋のイングリッシュ・ブルーベルが絶滅してしまうことになったら何とも悲しいことです。

5/19/2019

切腹してまで守りたかった島 ~ セント・マイケルズ・マウント

伝説が真実に聞こえるから不思議です。場所はセント・マイケルズ・マウント。潮の満ち引きによって離れ小島になったり本土とくっついたりするこの島は(一応ここでは島と呼ぶことにします)、アングロサクソン時代からキリスト教の僧院があったという説もありますが、ここに教会を建てたのはフランスのモン・サン=ミシェルの僧院長でした。




干潮時には歩いていきますが満潮時には歩道は水で覆われますので、ボートで。




それがフランスとの戦争などで、徐々にイングランドの所有となっていきます。1640年にセント・オービン家が島全体を購入、1954年にナショナル・トラストに寄贈しますが、その際に保持した999年のリースにより、ここには現在でもセント・オービン 家の人たちが住んでいるのです。
















上から下の庭を眺めました。一般公開されていますので、時間があれば散歩もできます。



ところで、最初にお話しした伝説です。島に建物ができるずっと前のこと。 岩の頂上にあった洞窟にコームランという悪い巨人が住んでいました。時々島から本土にやってきては、空腹を満たすために鶏などの家畜、そして時には子供でさえ捕まえて食べていました。そこに登場したのがジャックという少年です。ある日、潮が退いたときにジャックは島にやってきて、深い穴を掘りました(現在ではその穴は井戸になっています)。そして上に小枝や木の葉をかぶせて入り口をふさぎます。朝になってジャックに無理やり起こされた巨人は、寝ぼけ眼でジャックを捕まえようと後を追った際に、穴に気が付かず落ちてしまいます。

その巨人の心臓と言われているのが少し行ったところにあります!とても小さな心臓でした。




さて、今日の題の「切腹」の話です。ここで私は初めてイギリス人の切腹のことを知りました。(実際には切ったのはお腹ではなかったかもしれないので、切腹とは言えないかも?でもとにかく自分で体のどこかを切って自害するという意味)
昔のイングランドにおけるキリスト教の法律では 、自害した場合は生前の主張が存続することになっていたようです。12世紀末、ここの城主はリチャード1世に島を引き渡すことを拒否して切腹。モン・サン=ミシェルに贈与することを含む遺書は有効だったようです。

それほどこの島が特別だったのでしょう。私にはよくわかります。この島は特別。

ところで、モン・サン=ミシェルは はオムレツで有名だそうです。ではセント・マイケルズ・マウントも何か・・・・・でも見当たりません。名物を作ったらいいのに・・・・と私を含む日本人だったら思いますよね。でも、美味しいものでなくてはなりません。そして、ここでしか手に入らないものでなくてはなりません。

しばらく考えました。リタイヤーしたらここでキッシュを売ろうかしら?自慢じゃないですけど、私のキッシュ、ちょっと美味しいんです。(あらっ、自慢かしら?)もちろん卵を使わないヴィーガンキッシュです。 




5/18/2019

91歳の感動のスピーチ

日頃政治家、活動家、専門家などのスピーチはテレビやラジオ、マスコミで聞いています。「フンフン、なるほど」と思う時もあれば、「一体何が言いたいの?」というものまで様々です。

でも最近友人が送ってくれたリンクから、ハリー・レズリー・スミスという91歳の軍人のスピーチを聞きました。涙が出るほど感動しました。

かなり前のものですが、カメロンがまだ首相だったころ、労働党会議でイギリスの医療制度について訴えたものです。



 



 イギリスは1940年代から医療は公費(税金)で賄われていますので、多少の例外は(処方箋料金、歯科など)あるものの基本的には無料です。(NHS National Health Service)

ところが、医学の発達や高齢化 が進んでいる近年、その財政赤字が避けられない状態です。それはキャメロン首相の時代にも問題になっていました。

そこでハリー・レズリー・スミス氏は労働党大会でキャメロン首相を非難するスピーチをしたのです。彼は貧困家庭に生まれ7歳半の時から家計を助けるために働きました。姉は10歳の時に肺結核にかかり、両親は深い愛情で出来る限りの手を尽くしましたが、治療費も払えず、亡くなったときは埋葬費も払えずに国のお金で共同墓地(貧困者だけが葬られていた)に埋葬されます。

私にとって一番イギリスが誇れるものは、この医療制度です。だからこそ、ロンドン・オリンピックの開会式のステージではベッドと子供、看護師さんが出てきていましたね。それは世界に誇れるイギリスの素晴らしさを演出したものでした。

ハリー・レズリー・スミス氏のスピーチは説得力 があって素晴らしく、会場で聴いていた人たちのみならず、それ以後テレビやラジオで放送された時も国民の感動をよんだのでした。




 
 
ところが今、この素晴らしい医療制度の財政困難は深刻になる一方なのです。私の考えも徐々に変わってきました。
 
このままでいけば(ブレグジットの影響もありますが、ここではそれはさておき)、医療が民間の企業に委ねられる可能性も大です。アメリカの医療会社は、それを今か今かと両手をこすりながら待っています。
 
税金を払うほどの収入のない人、すでに手当を受けているひとなどは別として、一般の人たちに少しは請求 するべきかなーと思い始めています。
 
「全ての人に、平等の医療制度を提供」という素晴らしいNHSから少し遠ざかっていくのは残念でなりませんが、最悪の状態を避けるための手段としては仕方のないことと思うこの頃です。 

5/17/2019

断崖絶壁に作られた劇場ミナック・シアター

大西洋を見下ろす断崖絶壁に建てられた野外劇場ミナック・シアターは、そのロケーションもさることながら一人の女性が庭師と共に一個一個石を運んで作ったという事実は、そのユニークさを更に偉大なものにしています。





1929年、地元の演劇愛好者がシェイクスピアの「真夏の夜の夢」を上演し、好評を得たことから、プロダクションチームは次の出し物である「テンペスト」を上演するための新しい場所を探し始めました。真っ先に自宅を開放すると名乗り出たのが、この プロダクションに関わり、最初に上演された場所からわずか1,6キロのところに住むロウィナ・ケイドでした。こうして自宅のガーデンの先にある断崖を劇場にするべく、ロウィナと庭師は1931年冬から花崗岩の大きな石や土を取り払いステージや座席を作り始めたのです。

それ自体、正に芸術と言えるでしょう。ロウィナ・ケイドは80歳以上に達しても常に劇場の改良に力を注ぎました。 今では一年に8万にの観客に加え、15万人が毎年この劇場を訪れます。

近くを散歩していると色々なワイルドフラワーに出会いました。中でも、イングリッシュブルーベルが、道路沿いに!













実はミナック・シアターへ大型バスで行くときにちょっとしたハプニング。今回のバスの運転手は人柄、運転技術両方にかけてはトップクラスのベテラン運転手のSでした。ところが幹線道路からミナック・シアターへの道があまりに細すぎて、途中でスタックしてしまったのです。道が小さくくねった場所は大型バスで行けません。地元の人がアドバイスしてくれた道なのですが、2度ほどバックして戻らなければいけないことがありました。

田舎に行くときは、こういうケースがよくあるものです。もちろんカーナビは、大型バス用に操作してくれません。ミナック・シアターに「そんな事情で少し遅れます」と電話を入れ、到着予定を過ぎてしまいましたが無事着きました。そして次回はこのようなことがないようにと、正確な道を 聞いたらなんと「ミナック・シアターの看板は二つありますが、最初のものは無視して2番目の看板通りに来てください。大型バスは皆間違うのですよね。一番目の看板を外すようにお願いしているのにまだ残っているのですね?」

運転手のSはすっかりしょげていて、「悪かった、悪かった。」を連発していました。










5/14/2019

一万年前の人

チェダーチーズで有名なチェダー渓谷で、‛唯一チェダーチーズを作っている工場’を見学しました。








ここで作られるチーズのいくつかは、近くにある洞窟で1年間熟成されるます。深さ115メートル、長さが3,5キロもあるこの洞窟は発見した人の名前にちなんで「ゴフの洞窟」と呼ばれます。




  日本にも洞窟は沢山あるようですね。私は、どこの国でも何か謎めいた洞窟に惹かれます。








でも、この洞窟が特別な理由は他にもあります。それはイギリス最古の人間の完全な遺骨が発見された洞窟だから。本物は自然史博物館にありますが、発見された場所には、レプリカが置かれていました。




1903年に発見されたこの「チェダーマン」のことは最近テレビのドキュメンタリー番組で報道されていました。自然史博物館やロンドン大学ユニヴァーシティカレッジの学者が、1万年前のチェダーマンを研究し、 顔を再現しました。




その結果、色は浅黒く、色の濃いちじれ毛、目は青かったということがわかりました。DNAってすごいですね。そして現在チェダーに住む人の中にはチェダーマンと同じDNAを持つ人がいるようです。チェダーマン以前の人骨からは現在の人のDNAは発見されていません。

何故、目の色や肌の色までわかるのでしょう!!!と不思議に思っていたら、DNAの組み合わせから色がわかるということでした。その後、色々調べてみると、このころの人たちは狩猟採集で生きていたようで、人肉も食べていたらしいという他にいろんなことがわかって、おもしろかたです。

時間があったらゆっくり一日かけて見学したい洞窟でした。


5/12/2019

神秘の町グラストンブリー

グラストンブリー(グラストンベリー)には過去4,5回お客様をご案内しましたが、何度訪れても素敵な街です。パワースポットで有名な町、レイライン上(世界の古代建造物や重要な建物をつなげるとレイラインと言う線上にあるそう。)にある町です。でもその他にも歴史上、伝説上多くの話が残っていて信じる、信じないは別としてとにかく、「ちょっと変わった町」には変わりありません。

どの方角から町に入っても、まず一番最初に目につくのはグラストンブリー・トー(ル)です。上に建つ塔まで登ることができます。




伝説によれば、アリマテアのジョーゼフ(聖母メアリー、またキリストの叔父という説もある)は、キリストの体を十字架から降ろし、リネンにくるんでお墓まで運んだ人で、キリストの血を受け止めた聖杯を(キリストが最後の晩餐に使った杯と同じものと思われる)ブリテン島まで持ってきた人です。

そしてこのトーのふもとに聖杯を埋めた(あるいは後でご紹介するチャリス・ウェルに放り込んだ)という伝説があるのです。

何故ブリテン島なの?と思われるかもしれませんが、アリマテアのヨセフはコーンウォールの錫鉱山で働く人たちに錫の精錬の技術を教えに来ていたからです。このために、彼は幼いイエスをブリテン島に連れてきたことがあるとさえ言われます。

彼は、現在廃墟となっているグラストンブリー修道院のある場所に、ブリテン島で最初の教会を建てたのでした。

 その修道院はグラストンブリー・アビーと呼ばれ伝説の王アーサー王のお墓があったとされる場所です。中世はかなり大きな修道院でイングランドでは中心的存在 の僧院でしたが、16世紀にヘンリー8世の行った修道院崩壊で今は完全な廃墟になっています。








中世の格好をして説明してくれたガイドは素晴らしかったです。きっと俳優さんなのでしょう。完全に引き込まれてしまいました。


昔、アーサー王と妻のグエネヴィアが葬られていたというお墓の跡で。





チャリスウェルは、いつ頃から人が集まってきたかわからないほど古いもので、ここから湧き出るお水の周りの石が赤いことからキリストの血を思わせる(聖杯が埋まっているためとも)ことから、昔から巡礼者が後を絶ちません。





ここで湧き出る泉は一か所のみ、飲むことができます。




私も、もちろん試さないわけにはいきません。鉄分を多く含んでいるので、おいしいとは言えませんが、けっこう飲めます。キリストの血と思うと、なんだか体が綺麗になった気持ち。チャリス・ウェルのロゴが描かれた瓶は売店で購入できます。




ジョン・レノンが「イマジン」の作詞を考えたとされる天使のベンチ。(証拠はないようですが)



伝説は信じないという人でも グラストンブリー・ゾーディアック(The Glastonbury Zodiac)に接する機会があれば、驚かれるかも? グラストンブリーを中心に20キロメートルくらいの円を描いたとき、その地形(畑、川、道路など)が12の星座の形をしているのです。偶然にしてはあまりに・・・・・

チャリス・ウェルの蓋に描かれたデザインは(ヴェシカ・パイシスという二つの円が交差し、その中心をアーサー王の剣が通過)正反対の現象を(内なるものと外なるものなど)表し、物質的な満足度より精神的な満足を求めてやってくるニュー・エイジ人(New Age People)に人気です。

次は、イギリス最古の人骨が発見された洞窟、そこで熟成されるチーズを見るためにチェダーを訪問した時のことをの報告をします。




5/11/2019

イギリス南西へ。

すっかりご無沙汰してしまいました。5月に入ってから3本の仕事が立て続けにあって今日から、再びウィンズロウで静かな生活を送っています。冬眠中は体は休まるものの、精神的に「仕事がしたいなー」という気持ちは特にロンドンを離れてから強くなった感じ。ご近所さんもいるし、人に会わないわけではないのですが、やっぱり日本の人と接すると心が休まります。イギリスに長く住んでいても日本人の血がしっかり流れている証拠です! 田舎に越してきてセミリタイヤーのつもりがどうしたことでしょう!

10日間の間にロンドン、サマーセット、デヴォン、コーンウォール、ウェールズなどを周りました。お客様は2名から12名まで様々でしたが通常の観光とはちょっと違った場所への訪問。イギリスの持つ違う顔に触れる10日間でした。

まずはロンドンから。この写真はイギリス一高いビル、シャードの(240メートル)シャングリラ・ホテルでランチをしていた時の眺めですが、ちょうどラッキーにもタワーブリッジが開いたところです。観光ガイドの私でさえ、完全に開いた橋を見たことは10回くらいしかないのですが、今回は食事中に見ることができました。もちろん初めての経験です。






シャードへ入場するだけで32ポンドですから、今回のようにシャード内にあるレストランやバーをご利用になるのもポイントのひとつです。入場料以下の料金で食事付き!




次はBathです。ケルト人がスリスの神を崇め、2000年前にローマ人がここに浴場を作り、18世紀にはおしゃれな人たちの集う町に発展していきます。







今回は、英国でただひとつ温泉に浸かることができるサーミ―・バース・スパ(Thermae Bath Spa)へ の訪問です。2000年前にローマ人がしていたように、しかも日本の露天風呂のような感覚です。館内のミナヴァ・バス、心身ともにリラックスできるWellness Suiteも露天風呂と合わせて2時間使えます。(36~40ポンド) https://www.thermaebathspa.com/









バースの町と言えば文学好きにはジェイン・オースティンです。私たちが訪れた前日は、ノルウェイのジェイン・オースティンファンが イベントを行ったようで、翌朝もこの格好で町を歩いていました。朝食に向かうところのようです。いつか日本のファンのためにもイベントをしたいですねー。




ここから、グループは南下してグラストンブリーに向いました。ニュー・エイジの人たちが集まる神秘的なこの町は私も大好きです。そしてサマーセットのチェダー(チーズで有名)やコーンウオールのミナークシアター、モンサン・ミッシェルの英国版と言われるセント・マイケル・マウントなどを周り、寝台車でロンドンに戻りました。それらの報告は次のブログで。