9/05/2018

偽物?それともお宝? & やらせ?それとも事実?

BBCのテレビ番組で「Fake Or Fortune]というのがあります。これは個人、または法人で所有している絵画が本物かどうかを徹底的に追及して、最後にその画家に関してそれなりの権威のある組織が鑑定を下すという段組みで、ジャーナリスト兼ニュースキャスターのフィオーナ・ブルースと美術歴史家兼ディーラーのフィリップ・モードがプレゼンター・リサーチャーとして真実を追って世界中を周るという内容のものです。

もちろん筆の流れ、画家独特の全体的な動きなど目で見て分かるものから、絵の具の材料(画家が活躍していた時にはなかった顔料が使われたりしていたら偽物)、x線や赤外線を使ったり、かなり深く調べます。今まで、モネ、ドガなど一流の絵が出ました。

さて、先日取り上げられた絵は、スコットランドのスクーン宮殿にある二人の少女の絵。この絵のことはかなり前に、このブログでも取り上げ、また今年6月にご案内したスコットランドツアーに参加された方々には予め、「日本を発たれる前に‛Belle’という映画を見てきてください。」とお勧めしていた絵です。この映画が正にこの少女たちを描いた映画なのです。





この絵の中の少女とはレディ・エリザベス・マレイとダイドー・ベルです。ダイドーはアフリカの黒人奴隷とイギリスの海軍大佐であったサー・ジョン・リンズィーとの間にできた子供です。





リンズィー大佐は、ダイドー をイギリスで教育させるために連れて帰り、叔父であったマンズフィールド伯爵に委ねます。マンズフィールド伯爵は首席裁判官で当時、ロンドンのケンウッドハウスに住んでいました。この絵もそこで描かれたようで背景にセントポール寺院が描かれています。ケンウッドハウスにはすでに伯爵の甥の娘であったレディ・エリザベスも預けられていました。1770年代、ちょうどイギリスの奴隷貿易が一番盛んだったころです。ですからこの絵の少女たちが「奴隷と貴族」という関係ではなく、まるで姉妹のように描かれているところがとても貴重です。

歴史的に見ますと、この絵が描かれた後で奴隷制度廃止運動がまずイギリスで、そしてアメリカを含む全世界に広がったことが注目されます。興味のある方は是非「サマーセット事件」、「ゾング号事件」を調べてみてください。

さて話が別の方向に進んでしまいましたが、この絵はもともと作者がはっきりしていませんでした。それは多分ドイツの画家であったヨハン・ゾファニーによるものであると言われていましたが、Fake Or Fortuneではスクーン宮殿のオーナーであるマンズフィールド伯爵夫人の依頼で真相を突き止めるために調査を開始しました。結局それはスコットランドの画家デイヴィッド・マーチンによるものと判明しました。

フーン、なるほど。今までFake Or Fortuneではその絵画が本物かどうかを調査するものでしたが、今回は描いた画家を突き止めるという通常とは違う内容です。やっと画家の名がわかって良かったこと!・・・・・・・と思っていたら・・・・・

その後ネットや新聞で色々読んで分かったことですが、この絵がDavid Martinによるのではないかということは実は2004年にはわかっていたらしいのです。それを番組の中では、いかにもBBCが初めてこの絵とDavid Martinを関連付けることに成功したかのように表されています。

ドキュメンタリーには「やらせ」がつきものと聞きます。視聴者の興味を最大に引き出すために作ることは確かに大事です。でも事実から離れた「やらせ」はドキュメンタリーと謳っているなら絶対にしてはいけないことです。

今回のBBCも「やらせ」というと大げさですが、この件で私の中でこの番組に対する興味も大分失せたことは確かです。特に、この絵は私の中でイギリスの歴史を理解する上でとても大切な絵のひとつなのですから。