10/13/2016

シェイクスピアのお母さん、奥さん、娘さん.....

ウィリアム.シェイクスピアが亡くなってからちょうど400年の今年、さまざまなイベントがイギリス各地で行われています。

シェイクスピア生誕地信託協会(Shakspeare Birthplace Trust)はシェイクスピア関係の建物や文献を保存するためのチャリティ協会で、生家のあるストラットフォード.アポン.エイヴォンの町の周辺にあるシェイクスピア関係の建物を5件、その他は例えばアメリカのハーバード大学に名を残したジョン.ハーバードの母キャサリン.ロジャーズの実家、パーマーズ.ファーム(2000年まではこの建物がシェイクスピアの母メアリーの実家と考えられていた)などを管理しています。


ハーヴァ―ド.ハウス



 


シェエイクスピア関係の建物では生家、奥さんの実家、お母さんの実家、娘さんの嫁ぎ先、シェイクスピアが隠居し生涯を終えたニュープレイスの庭と建物の土台があります。その中でも生家と、1,6キロ離れた村にある奥さんの実家は(アン.ハサウェイのコテージ)日本からの観光客が最も訪れる建物です。


シェイクスピアの生家
 
 
 


先日ご一緒したお客様は英国専門の旅行会社もできるくらいイギリスの事をよくご存じの方。日本で「Shakespeare's Houses and Gardens Pass」(2393円)というのをオンラインで買って、生家、奥さんの実家、娘さんの嫁ぎ先の3か所を見学されました。このパスは大変お得なもので、日本で買った方がずっと安いようです。(因みに英語のオンラインショップの料金は26ポンド25ペンスでした!)私にとっても新しい発見でした。

シェイクスピアには長女のスザンナに続き、双子のジュディスとハムネットの(ハムレットではありません)3人の子がいました。そのうちハムネットは11歳の時に亡くなり、ジュディスの結婚相手は女性関係で問題をおこし訴えられるという人。結局シェイクスピアの遺産は長女のスザンナに受け継がれます。

さて、スザンナは当時町でも評判の医者であったジョン.ホールと1607年に結婚します。その後、シェイクスピアが亡くなって、その家ニュー.プレイスに引っ越すまで過ごしたのがHall's Croftでした。




シェイクスピアには直接関係はありませんが、16~17世紀の建物や家具、絵画など、また当時の医学器具、ジョン.ホールが書いた医学に関する記録などが興味を惹きます。


 
 
 
 
 
 
 
 
 

今残る建物の大部分は1613年に建てられたものですが、イギリスではエリザベス女王が1603年に亡くなり、チューダー王朝が幕を閉じてスチュアート王朝になって10年、日本では関ヶ原の戦いの少し後くらいの家です。

こういう古い建物に身を置く時、昔の人との距離がぐんとせまくなって、歴史がより身近に感じますね。